第4話 お母様と息子



 気が付くと、俺は母(自称)の少女に庇われて床に倒れていた。

 少し、咳が出た。物が一斉に崩れたせいか、埃っぽかった。


 倒れた時に打ち付けただろう腰に呻きながらも、そのままの姿勢で辺りを見回すと、大きな角材が少女の背中にいくつも乗っかっているのが分かった。


 ぎょっとしながら、目の前にある少女の様子を気遣う。


「なっ、だ、大丈夫なんですか?」

「む、起きたのか。見た所大丈夫そうだが、怪我はないか息子よ」

「俺より、アンタだろ。痛くないんですか?」

「大丈夫大丈夫、無問題だ。問題があるとすれば、ちょっと上が重くてお母様の身動きが取れないだけだろう」


 世間一般では、それを大丈夫じゃないって言うんだ!


 だが、これが文化祭だったのがまだ救いだ。


 先程の人の入りようからすれば、時期にどこかの店の品物が切れる。他の者達がそう遠くない間に商品を補充しにくるはずだったからだ。

 それまで耐えさえすれば、助かるだろう。


「というか、女子に庇われるなんて恰好悪すぎる。普通そう言うのは男士の役目なのに」

「ふふ、お母様の特権と言う奴だ。息子は親に守られていればいい。何故ならお母様様はこういう時の為のお母様なのだからな」


 相変わらずのお母様超理論だ。

 こんな別世界まで来て、危険な目に遭ってまで母親ぶるなんて、きっと筋金入りなのだろう。


 母、か。

 こういう状況だと逆にその言葉が、なぜか安心に結びつくのだから、俺はちょっと毒されて来てるのかもしれない。


 いや、もうそういうのはよそう。

 確かに迷惑出会った事も事実だが、それ以上に気にかけてもらった事は嬉しかったのだから。


 こんな所まで追いかけて来てくれる親なんて、きっと探したってなかなかいない。

 それとも、子供を持った親は皆こうなんだろうか。

 

「母さん」

「ん、何だね? 息子よ……いや、今なんて? もう一回お母様に聞かせてごらん。言葉はいくら言っても減らないエコなのだよ」


 戯言は放っておいて続けた。


「俺もやり残した事あったんです。……ちょっとおばさん扱いしてるようで嫌かなって思ったんだけど、小学生の時に渡した肩たたき券を覚えてますか? それ、一度も使われたことがなかったから」

「ああ、なつかしいな。小さな額に入れて引き出しにしまってある。もったいなかったからお母様は使えなかったのだよ。お母様が言い出すのを待っていてくれてたのだな。すまなかった」

「いいよ」


 そんな風になってるって事知らなかったし、ああいうものの存在は、気持ちが大事なわけで、実際の効果とかは、世間ではそんなに期待されてないような扱いだったし。


 気にするのはあくまでも自分の我がままだ。


「迷惑なんかじゃなかったんです。ごめん、ひどいこと言って」

「……」

「ちゃんと認めちゃうと、こんなところまで来て綾離れできてないみたいで格好悪いじゃないですか」

「そんな事はない。私がどんな事になっても、息子のお母様であり続ける様に、お母様の息子は永遠に息子なのだ。気に病む事などどこにもないのだぞ」


 世界が変わっても、どれだけ時が経ったとしても、親子が親子であり続ける限り、縁は簡単には切れないもの。


 少女は……母はそう信じているようだった。


「この世界に生まれ落ちて、私がお前の事を考えない日はなかった。再会してからもずっと。互いが互いを思いやる事は、みっともないなんてそんな事絶対にあるはずがないんだよ。……限度はあるけどもな、ははは」

「母さん」

「言葉にせずとも、前の世界での私はその思いを、伝える術が分からなかったんだ」

「……」


 だからこんなネジの飛んだような性格になったのか。

 真面目な人ほど思いつめると怖いと聞くが、母もそんな感じだろうか。

 それとも考えすぎて変な所に、思考が飛んでいてしまったとか。


「お前さえ良かったら、これからも私を母だと思ってくれるか?」

「心の中だけなら。さすがに公然とお母様されるのは恥ずかしいし」

「息子は恥ずかしがり屋だな」


 いや、普通だと思うけど?


 前の世界でも友人達は親から過干渉されると、まじウザいとか超恥ずいとか言ってたし。







 そんなわけで、それから間もなく商品の補充でやってきた人達に救出されたわけだが、それからの日々はやはり相変わらずだった。


「レイくん、トイレに行きたいのかね? なら、エレナ様が代わりに先生に言ってやろうか、ん?」


 学校の校舎。教室の中での授業中。どこかで見た、聞いたようなやり取りに頭を抱えたくなる。


「お母様と息子を名前に変えただけじゃないですか……」


 相変わらずベタベタしてくるし、構ってくるしで、もう完全に同じ状況だ。


「はあ……」


 たまに、いや……しょっちゅう思う。

 どこかで俺、選択肢を間違えたんだろうか。


「どこかに要らない分とか残念な分捨てて来られたらいいんだけどな」


 ほんとにそう思う。


「うん? どうしたレイ君。トイレでないならお腹がすいたか? ならエレナ様がご飯をこっそり分けてやろう。ははは、それならそうと良いたまえ!」


 違います。


 もういい加減にしろといいたくなるような、光景が隣にあるわけだが。それでも……


 楽しそうな母親の姿を見るのがそんなに嫌ではなくなってきたのだから、完全に自分手遅れに毒されてしまったのかもしれない。


「せんせーい、レイ君がトイ……」

「違うわこの馬鹿親!」


 あー、やっぱり迷惑かも。


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お母様転生 ー異世界行ったら追って来たー 仲仁へび(旧:離久) @howaito3032

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