第3話 お母様が忍ぶ



 ともあれ、母(自称)の迷惑行動は、嘘のようにその日からなくなった。

 これからはそうそう話ができなくなるな、とそう思って一抹の寂しさを感じながら日々を過ごしていたのだが……。


「そんな風に思って過ごしていた頃が俺にもありました、ですね」


 校舎の一画、広い室内の中でその予想は覆された。


 きっと、絵にかいたような半目になっているだろう俺は。

 視線を、目の前にいる人物へと固定。

 相手はそんな俺の行動の意味に、全く気が付いていないようでひたすら無邪気だ。


「よし決めた。この木彫りのクマさん像をお母様が10ミレル硬貨一枚で買ってやろうではないか」

「な、に、やっ、て、ん、だ、よ、アンタ。お母様はやめるんじゃなかったんです!?」

「なに、息子にバレただと! はっ、しまったお母様の一人称が隠れ切れてなかったのだな。息子よ、存在感のありすぎるお母様ですまなかったな!」


 学校での催し物。

 地域活性化だの他学年との交流だのの目的で開かれた文化祭。そんなイベントに参加していると、創作物を売るコーナーにいた俺の元に変装した少女がやって来たのだ。


 それは他の誰でもない。

 俺の前世の母を自称する、あの少女だ。


 他の大勢の客に紛れて、堂々と商品を購入するために声をかけて来た時は、己の目とか耳とか色んなものを疑った。一回疑って、さらに二回、三回くらい余分に疑った。


「というか……、自分の所の番はしてなくていいんですか?」


 いるいないは別として母(自称)の少女にも、割り当てられて仕事があるだろうに、とそう思って言葉を掛けるが……。


「うむ、心配せずとも無問題だぞ。風邪と熱と腰痛と、寒気が止まらないとか言ってきてずる休みしてきたからな。お母様は元からいない人間なのだ。あ、要らない人間ではないぞ、ちゃんと仲間達にはいないと困ると泣きつかれていたからな」


 問題大ありだ!


 困ってるなら、仮病使って油売ってるどころではないだろう。

 これでは、お母様ではなく駄母様だ。

 いや、お母様なんてこれまで一度も呼んでなかったけど。


 変装までしてここにきて一体何がしたい。

 クマか? 好きなのか?


「馬鹿な事やってないで、さっさと復帰しろ。クマなら後でやるからほら、しっしっ」

「おお、打ち解けた扱い。最初の頃の奇人変人に接するような扱いで、お母様に話していた息子とは思えないな。偉大なる息子の進歩にお母様は満面の笑みだ」


 笑んでんじゃない。ポンコツ。

 というか自覚あったのか、俺からおかしいと思われてる事に対して。


「仕方なかったのだ」


 だが、少女は言い訳がましかった。

 人差し指と人差し指を合わせて、しょんぼりとうなだれて見せる。

 ほんと、喜怒哀楽の感情表現が豊か。


「許してくれ息子よ。お母様は文化祭で生き生きハッスルしてる息子をお客様として見たかったのだ。それであわよくば、息子から息子の商品を手に入れたらなー……と誘惑に負けてしまったのだ。ははは、面目ないな!」


 そんなしょうもない理由だったのか。


 周囲には、結構な人だかり。

 購入を求める客は他にもたくさんいるのだ。

 こんな忙しい時に。


 色々と罪悪感にさいなまれていた今までの思いやら何やらが、馬鹿馬鹿しく思えて、俺はついそんな事を口走ってしまっていた。


「そんなに心残りだったのなら、どうして前の世界で生きてるうちに来てくれなかったんだよ」

「あ……」


 分かっている。仕事があった。たまたま予定が合わなかっただけなのだと。

 事実、母はスケジュールの無かった運動会は身に来てくれたし、授業参観だって来てくれていた。なのに勢いまかせでひどい事を言ってしまった。


「そうか、そうだな。今更だよな。お母様ちょっと調子に乗り過ぎたかもな。息子が正しい。そうだろうな。うむ……。担当の所が困っているみたいだから助太刀しにいくか。息子も……いやレイモンドも頑張ると言い」

「……っ」


 どうしてだろう、ただ名前を呼ばれただけなのに、何故か衝撃をうけた。

 今まであの少女と自分との間にあった何かが、問答無用に断ち切られてしまったようなそんな感覚がした。


 他の客に紛れて一定しまう小さな背中。

 悄然とした背中を見送るのはこれで二度目だ。


 たぶんきっと、今度も罪悪感にしばらくさいなまれるのだろう。

 それで、自分は後悔しないだろうか。


 本当にこれでいいのだろうか。

 わざわざこの世界まで追いかけて来た少女……いや、母親に。


「ああ、くそ……もうっ。ちょっとここ頼んだ!」

「ええっ? レイモンド君?」


 周囲にいた同じクラスの物に売り場を任せて人ごみの中へ飛び込む。

 忙しくなってしまうが、後で土下座して許してもらうしかない。


 まったくの似た者親子だ。

 

 やり残した事があるのはこちらも同じだったのだ。

 それを伝えないままこの関係が終わってしまうのは、きっと間違いだろう。






 少女の姿を探して走り回るのだが、何故か簡単に見つからなかった。

 一体何でと思いながら主変にいた目撃者に聞いてみると、商品が切れたので保管場所にストックで置いてある物を持ってくるように頼まれていたから、らしい。


 場所は分かっている。

 校舎の奥にある、倉庫だ。

 他の店の売り物や、自分達の店の物もまとめてそこに置いてあるからだ。


 目当ての場所に辿り着いて部屋の扉を開けると、すぐに見慣れた少女の姿が目に入った。


 母(自称)の少女は、小さな背中をうんと伸ばして、プルプル震わせている細腕で何かの商品を掴んでいる。

 

「む、息子!? 息子がいるぞ。これは大変だ」


 結構な驚き顔で迎えられる。


 ええ、いますよ。けど何が大変なんだが。


 どうせ、大げさに言っているだけだろうと思って近づいていくのだが、どうも様子が変だ。


「くくく、来るでない。危険が大変で、苦痛が大発生なのだ!」


 少女の言語機能の方が大変だ。

 何故か慌てた様子の少女は、身振り手振りもあわせて必死にこちらに近づいてこないように伝えてくる。


 それがどういう事なのか、考えて答えを見つける前に、視界に大変な物が移った。

 母(自称)が掴んでいると思っていた物は、実は押さえていたもので、何かの死拍子で傾いてきていたものが倒れないようにしていたのだ。


 しかし、それももう限界だった。


「駄目だ、この部屋から出ろ……!」


 言葉は最後まで聞こえない。


 何故なら倉庫の棚で積み重なっていた数々の品物が、一斉にまんべんなく、二人の上に降り注いできたからだ。


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