灰被りをさがして

機乃遙

灰被りをさがして

 一人の死は悲劇だが、集団の死は統計上の数字に過ぎない。そう語ったアドルフ・アイヒマンのことを僕はよく知らないし、彼が本当にそう口にしたのかもわからない。けれどただ一つ僕に言えるのは、一人の死も、悲劇というフィクションにすげ替えられた幻想に過ぎないということだ。その死の本質だとか、当人の死に対する哲学だとか、そういったものには誰も立ち入ることはできない。それは聖域みたいなもので。だから僕らは見当違いな空想ばかりを続けて、意見を違えては、また悲しみばかりを生み出していく。

 だから僕は言おう。

 一人の死は悲劇だが、誰もその死に向き合おうなんて思ってない。自分の中の、“誰かの死を思う自分”と向き合っているだけなのだ――と。


     *


 しばらく見ない内に、郵便受けはいっぱいになっていた。

 今のご時世、友人の間でのやりとりは、特段の理由でもない限り携帯やパソコンで済ませてしまう。郵便受けがその意義を持つのは、宅配便が来る場合か、公共料金の明細書が来る場合か、形式ばかりの年賀状が来る場合か……その程度だろう。特に友人も少ない僕のような人間の郵便受けは、広告ぐらいしか入ってこない。タワーマンションの宣伝だとか、ピザやのクーポンだとか。不要品の回収だとか。そういうチラシを見ると、僕はひどくウンザリしてしまう。誰もこの広告に書いてあることなんて気にしていなくて、ただバラマいて、その結果何千万分の一のだれかに届けばいいとしか考えられていないのだから。

 だから、僕が郵便受けを見る回数は減っていた。そして結果として、それは口の中をいっぱいにして、開けてもらうのを待っていた。

 いったいいつぶりに開けただろうか。下手をすると二週間ぶりかもしれない。僕は貯まったチラシを引っ張り出すと、ゴミ箱に捨てることばかり考えながら、アパートに戻った。

 そうして一応、一枚ずつ確認しながら捨てていったのだが。ちょうど一枚、見知らぬ住所からの葉書があった。はじめは何かの手違いかと思った。だが、送り主の名前を見て、僕ははっと息を飲んだ。

 池野由里子と、送り主は言った。宛名は間違いなく僕。宮澤悠である。

 それは一周忌法要の案内葉書だった。大量印刷らしき形式ばったプリントアウトで、参加の可否について尋ねている。しかしよく見れば、左端に手書きの文字でこうあった。


 突然のお手紙で失礼いたします。

 息子の大学時代のご学友とお聞きしています。息子の遺書で、どうしてもあなたを一周忌法要に呼んでほしいとありましたので、このたび案内を送らせていただきました。息子のためにもご出席いただければ幸いです。十八日にまでご返送ぐださい。


 そんなことがあったのか、と僕はその手書き文字を見て落胆した。

 ――池野。

 自殺した、僕の友人。

 だけど彼の本当の一周忌は、この日ではない。僕はよく知っている。なにせ彼が自殺する最期の瞬間、彼と話していたのはこの僕だったのだからだ。


    *


 今でもよく覚えているし、忘れるはずはない。

 当時僕は、そのとき付き合っていた女性――でも、僕らは男女の仲ではなかったし、いまや疎遠になっている――と軽井沢にいて、湖が見える公園にいた。彼女がコーヒーでも買ってくるというので、僕は木陰で静かに待っていたのだ。そのとき、電話がかかってきた。

 電話に出ると、久しく聞いてなかった友の声がした。僕はそれにうれしくなったし、怖くもなった。彼の声音に、奇妙なまでに真に迫った“何か”があったからだ。僕は不可知うちに気づいていたのだと思う。これから、何が起きるかを。


     †


「イギリスだ。正確にはイーストボーン。あとでネットで調べてみるといい。そこには巨大な白亜チョークの崖がある。いま、俺はそこにいる」

「どうしてそんなところに?」

「死ぬためさ」

「なんだって?」

「自殺するんだよ、これから。それをおまえに言いたかったんだ」


     †


 忘れもしない。八月のあの日、池野は僕に言葉を残し、そして逝ったのだ。

 池野は死の直前、僕に言った。

 これから自殺すること。

 遺書はほかに用意してあること。

 僕に迷惑はかけないこと。

 そして、最高の音を見つけろということ。

 最後の一つを見つけるのに、当時の僕は苦労した。おかげで半年ぐらい、ずっと精神的に悪い時期にあったと思う。そして結局、僕はその“音”とやらを見つけられず、池野のもとへも行けていない。自殺を踏み切れるほどのモノを作り出すにまで、僕は至れていないのだ。


 ともかくそんな池野の葬儀について連絡があったのは、彼の電話から半年以上経ってからのことだった。そのあいだ、家族はヤツを放っておいたのだ。とはいえ、あいつは一年以上海外を勝手に放浪して、あげくイギリスで自殺したのだから、家族が無関心なのも当然と言えば当然のことだった。

 逆に気になったのは、彼が家族に対して何も連絡をしていなかったことだ。死の直前、彼は家族に何の連絡もしなかったらしい。だから遺体の発見も遅れたし、正確な命日もわからずじまいだった。

 僕は、“あの日”のことを伝えたかった。けれど、それを口にしたら池野と僕とのあいだの友情が崩れ落ちそうな気がした。あるいは、彼の家族に迷惑をかけるような気がした。

 だから僕は、彼の葬儀には出なかった。僕と彼とのあいだでは、その死に対する弔いは終えたはずだったからだ。僕には、彼ら家族の弔いがひどく滑稽な、かりそめのものにしか見えなかった。

 だから去年、郵便受けに池野の葬儀について手紙が来たとき、僕はその手紙を読みもせず、即座に破り捨て、ゴミ箱に捨ててしまった。それが僕なりの弔いのしかただと思っていたからだ。

 だけど、どうにも今年は違っていた。池野は――遺書によれば――僕に一周忌法要へ来てほしいと言っているのだ。

 そのとき、僕は彼岸の向こうから彼に呼ばれたような気がして、急に楽になった気がした。無駄に張っていた虚勢がそがれて、安堵した気が。でも、結局なにも変わっていない。


     *


 その翌朝、僕はバイト先の書店の店長に忌引きで休みたいと申し出た。ふだんは厳しい顔の店長も、友人の一周忌だと言うと、顔をうつむけて小さくうなずくだけだった。

 そういうわけで、僕は重い腰を上げて池野の一周忌法要に出席した。

 ヤツの実家が新潟は上越だと知ったのはこのときが初めてだった。それまで大学近くに住んでいたのは、どうやら親戚の家に下宿していたらしい。

 上越へはバスで向かった。首都高から上信越自動車道を乗り継いでの高速バス。深夜に出て、だいたい着いたのは昼前だったと思う。バスではずっと寝ていたのだが、ひたすら首が痛んで仕方がなかった。ヘッドレストは、ぜんぜん休まるものではないと思う。


 高速バスでバスターミナルにおろされると、僕はそのまま路線バスを待った。正直、乗車時間より待ち時間のほうが長かった。一時間ほどの待ち時間の間、僕はベンチに腰掛け、ひとしきり老婆たちの井戸端会議を耳にしていた。

 それからしばらく路線バスに揺られ、田舎町の中心地へ。田園風景が住宅地に変わったのが、到着の合図だった。

 広漠とした駐車場を挟んた、保育園のはす向かい。「池野家式場」とだけ書かれた立て看板がひっそりと掲げられていた。町に一つしかない葬祭場なのだろう。やつは友人の少ないほうだったが、式場には軽い人だかりができていた。受付には見覚えのない遺族たち。僕はその列に並ぶと、遺された家族に「大学時代の友人です」とだけ告げて、中に入った。


 何かあったかと言えば、何もなかった。

 ただの一周忌法要だ。坊主が経をを読み上げ、その隣で喪主がお辞儀を繰り返す。参列者が伏し目がちに挨拶し、焼香し、帰って行く。あとは故人無き宴が残されていたが、僕にはそこに参加する義理も、努力もなかった。

 焼香だけ住ませ、池野の遺影を前に白亜の断崖絶壁を思い浮かべた。それで僕なりの哀悼は終わったはずだった。

 受付の脇を通り過ぎ、葬祭場を出る。帰りは駅前で土産物の一つでも買い、喫茶店で暇でもつぶそうかと思っていた。

「あの、宮澤悠さん……ですよね」

 突然、式場を出ようとした僕を、誰かが呼び止めた。

 振り返ると、そこには五十代ほどの喪服姿の女性が立っていた。

「そうですが。あなたは?」

「申し遅れました。わたくし、今回宮澤さんにお手紙を差し上げた修一の母の由里子と申します」

 丁寧にお辞儀をする彼女。

 だけど僕は、それよりも修一という名前のほうが気になっていた。

 池野修一。親であれば、下の名で呼ぶのは当然だ。だけど僕は、これまで池野のことを下の名で呼んだ試しもなければ、また彼の名前を知る機会もなかった。皮肉にも、修一という彼の名前を知ったのは、彼が死んでからのことだった。

 冷静になれたところで、僕も礼を返した。

「あの、よろしければ食事会のほうも……修一の学生時代の友人は、ほとんといませんので。そのお話を……」

「いえ、そんな。僕なんか、とても……。お気持ちだけで大丈夫です。それに、仕事もありますので」

「そうでしたか。お忙しいなか申し訳ありませんでした。……あの、でしたら、せめてこちらだけでも……」

 そう言うと、彼女はおもむろに懐から一枚の便箋を取り出した。白い封筒に納められたそれには、万年筆で「宮澤へ」とだけ記されていた。

「それは……」

「はい。修一の手紙です。遺書のなかに、もし一周忌に宮澤さんが来たら、渡してほしいと。そう書いてありました」

「僕に、ですか?」

「ええ。息子なりの、あなたへのメッセージだと思います」

 僕はその遺書を受け取ると、しかし開ける気にもなれず、喪服の内ポケットにしまった。

「すみませんでした。池野が、こんな手紙を残しているとは……。どうもわざわざありがとうございました。では、僕はこれで」

「いえ、こちらこそ」

 深く礼をする彼女。

 僕は、その友人の母の丁寧すぎる態度に罰の悪さを感じながら、式場を出た。


     *


 式場を出て、駅へと向かうバス停へと行く道すがら、僕は何を焦ったか手紙の封を開け始めた。

 疑問に思ったのだ。あのとき――池野が自殺すると僕に語ったあのとき、彼は僕に言ったのだ。


「俺は、俺のなかに留まったまま死ぬよ」


 そう言った彼が、未練たらしく遺書を残しているとは思えなかった。それは彼の美学に反すると、彼の美しい死を汚す行為だと思ったからだ。

 だけど、それはきっと僕の勝手な思いこみだ。池野の死を勝手に神格化して、それが美しいものだと思いこんで、汚してはならない聖域だと思いこんだ僕の、勝手なわがままだ。彼の死を本当にどうこうできるのは、彼自身しかいない。

 バス停へ向かう間に、僕は懐から封筒を取り出し、中の便箋を開いた。それは三つ折りにされていたけれど、中には大して文字は詰まっていなかった。ただ右肩上がりの男文字で、書き殴ってあっただけだ。彼なりの、僕へのメッセージが。


     †


 宮澤江、

 この手紙がおまえの手に届いたということは、俺が死んでから少なくとも一年が経過したということだ。あるいは、しぶとく生き残った俺が、数十年後に“時効”ということでおまえに渡したのかもしれない。だけど、ひとつハッキリしているのは、そのときにはもう十代の荒野をさまよっていたころの俺はもう死んでいるということだ。願わくは、おまえはまださまよっていることを祈る。

 この手紙を書き始めたとき、俺はちょうどロンドンにいたんだ。だから初めは英語で書いてやろうと思った。だけど、気乗りしなかったから、いまは日本語で書いている。

 とにかく本題だ。

 この手紙は、俺が死んでから一年以上が経過したことを念頭に置いて書いている。というのも、天の邪鬼なおまえのことだから、俺の葬儀にはこないと思ったんだ。呼んでも、きっとこないって。俺には、これから俺がどういう言葉を遺し、どのように死んでいくか、まだわからない。なんとなくその予想というか、ビジョンみたいなものはあるが。計画というのは往々にしてうまくいくものではない。そうだろう?

 だからとにかく、これは一周忌におまえが来たことを想定して書いている。といっても、大した意図はないんだ。一年も経てば、人は誰かの死というものから、いくらか俯瞰してモノを見れるようになる。そう思っただけなんだ。

 また話がそれた。どうにも遺書というもので――いや、これを遺書と呼んではならないな――考えをまとめて、美しい文章で語り聞かせるというのは、難しいらしい。しかたないよな。自分のこれまでの一生ぶんの人生にため込んだ思いを、誰かに語り聞かせねばならないのだから。それは横道にそれたり、途中でもっと話したいことを見つけたり、はじめにしたかった話が実はそうでもないと気づいたり。そういうものなんだろう。

 だけど、これだけはハッキリしてる。この手紙で、おまえに伝えたいことだけは。

 いま、おまえが俺の一周忌に来ているということは、きっと新潟にいるはずだ。――ああ、もし東京にもどってからこの手紙を開けたのなら、このあとは読まなくてもいい。

 だが、もし新潟にいて。おまえがまだ俺との友情に――いや、俺たちは友人ともまた違う、奇妙な関係だったとおもうが――ともかく情を覚えているのなら、俺の実家からほど近い○○駅前の書店に行ってほしい。さびれた駅だが、駅前に不似合いな「古書」という看板があるから、すぐに見つかると思う。そこで店主に「池野です」と言えばわかるはずだ。

 俺からのメッセージはこれだけだ。ほかにもっと言いたいこともあったと思う。宮澤、おまえとだけは最後にもう一度会って、話したかった。


追伸:もしかしたら、死ぬ間際におまえの声が聞きたくなって、電話しているかもな。


追々伸:受け取ったモノは、お前がとっておいてくれ。


     †


 その手紙を読み終えたとき、僕はバス停に腰を下ろしていた。そして追々伸を読み終えた瞬間、バスが来た。それまで僕は手紙に夢中で、すっかり乗り込むのを忘れていた。

「お客さん、乗りますか?」

 お節介な運転手が言った。

 その声でようやく気づいた僕は、手紙から目を上げて、運転手に問うた。

「すみません、このバスは○○駅までは行きますか?」


 本来なら降りるべき高速バスターミナルの三駅先。池野が指定した駅で僕は降りた。

 池野が言ったとおり、そこは寂れた駅だった。木造の屋根と改札――それもいまどき自動ではなく、切符を切るもの――があるきりで、ほかにはなにもない。かろうじて待合室に自動販売機と、野菜の無人販売所があるぐらい。その程度だった。

 書店は、すぐに見つかった。ちょうどバス停を降りたところ、バスが過ぎ去った先に見えた。こんな寂れた駅には不似合いな、大きな赤い看板。「古書 売ります・買います」と大きなゴシック体で記された文字。

 車通りのない横断歩道を渡って、僕はその書店に向かった。シャッターは半分下がっていたが、営業中の張り紙は出ていた。

 昔ながらの古書店という雰囲気の店だった。狭苦しい店内に無理矢理並べられた書棚。レジカウンターは一応あったが、店主らしき老人は奥で茶を飲んでいた。ちょうど時間なのか、振り子時計が鐘を鳴らしている。響くのはその鐘の音と、老人の茶をすする音ばかり。「いらっしゃい」の一言もなかった。

 いささか近寄り難い雰囲気の主人だった。瓶底のようなメガネに、はげ上がった頭。鼠色のタートルネックに甚平という格好だったが、つり上がった目は寡黙で頑固な古書店主の風格があった。

「あの、すみません」

 と、僕は意を決して店奥の店主に呼びかけた。だが彼は聞こえた様子もなく、湯飲みを傾けるのみ。

 もう一度大声で呼びかけると、今度は「聞こえとるわ」と声を荒げられてしまった。

 老店主はそれから重い腰を上げ、カウンターにまでやってきた。その足取りは重く、この店のように錆び付いているように思えた。

「なんだい、あんた」

「あの、池野です」

「はぁ? それで池野さんがなんだってんだ」

「いや、それが……えっと、池野という方から、何か預かってませんか? あるいは、予約しているとか。代わりにそれを受け取りにいくよう言われまして」

「池野って……あそこの坊ちゃんのことか。ああ、そういうことか……。待ってな、兄ちゃん。ちょっと時間がかかるから」

「はあ」

 僕が適当に返事をすると、老店主は店の奥にまた消えていった。


 五分もすれば戻ってくると思った。だけどなかなか戻ってこないので、気づけば僕は店内を物色していた。

 店内は、ジャンルごと、著者名五十音順に排架されていた。僕はそのなかの国内文学を探していた。自然と、いつのまにか僕の指先は「く行」を求め、そのなかにあるはずのない名を探し始めていた。

 ――久高美咲。

 こんなとこにあるはずもないのに。

 あの人の本は、この世に残っているであろうあの人の本は、僕がすべて燃やし尽くしてしまったのに。なのに僕は、彼女の名前を求めていた。未練がましく、なくした恋人を求める男のように。僕は、あの人の恋人にすらなれなかったというのに。

「おお、兄ちゃん。見つかったよ」

 とつとつ、と下駄の歯が地面を叩いて、老店主が戻ってきた。その手には、一冊の本があった。ペーパーバックの、洋書だった。

「その本は?」

「池野の坊ちゃんが探してほしいっていうから、ちょうど見つけたんで取り置きしていたんだ。まあ、それがあんなことになるとはね」

 店主はそう言って目を伏せ、カウンターにそれを置いた。

 一冊のペーパーバック。J・D・サリンジャーのキャッチャー・イン・ザ・ライ。ほこりをかぶったその本は、しかし古書というにしてもあまりに品質が劣化していた。

 一般にペーパーバックは、文庫本よりも劣化は早い。紙質が悪くなっているのは仕方ないとして、しかしそれには大量の付箋が貼り付けられ、なおかつ書き込みまで見られたのだ。いったいどこのだれが書き込んだのかしらないが、赤や青、黄色の蛍光マーカーでハイライトが引かれていた。

「ペンギンブックスの、一九九九年に刷られた『ザ・キャッチャー・イン・ザ・ライ』。そのなかの一冊を探してほしいといわれた。それも、一ページ目にS.Iと落書きしてあるものをってな。そんなもの、見つかるわけないと思ってたよ。でも、あるとき一人の女性がこれを売りに来て、驚いた。まったくそのとおりに落書きされてたんだから。その女性はただでいいから引き取ってくれと言ってたよ。これはこの店を通じて持ち主のもとに戻らねばならないとかってね。……まあ、もっとも戻ることはないだろうけどさ」

 店主は自嘲気味の笑みを浮かべ、そして本を僕に差し出した。

「お代はいらないよ。受け取ってくれ」

「いいんですか?」

「いいもなにも、この本は元々タダでもらったんだ。それを値段付けて売るのは、商人として気が引ける。それに、こんなんじゃロクな売りものにはならないしな。……まあ、なにより、池野の坊ちゃんが持っていてほしいひとが持っているほうが、俺としてもうれしいよ」

「……じゃあ、すみません。いただきます」

 僕はそのキャッチャー・イン・ザ・ライを受け取ると、古書店を出た。店主は相変わらず店の奥にこもって茶をすすっていたし、僕も相変わらず久高美咲の名を探していた。そして右手に抱えた古書に匂いに、どことなくタバコの香りを覚えていた。バチバチとはじける、あのタバコのにおいを。


     *


 もう一度バスに乗ってバスターミナルに戻った。しかし、それでも東京行き高速バスの出発までは二時間ほどあった。だから僕は、近くの喫茶店に立ち寄ることにした。

 『街角』というその喫茶は、文字通り街角にあった。バスターミナルの向かい側。大通りに面した、通りの角に。まるで十字路を見張るために生まれたような店だった。

 僕はそこに入るとブレンドコーヒーとサンドイッチ、それから灰皿だけを頼み、腰を落ち着けた。まもなく灰皿がくると、僕は上着にポケットからタバコを取り出した。

 火をつけ、かるくひと吸いすると、僕はさきほど受け取った本に目を落とした。パラパラとページを繰って見ると、一ページおきに必ずハイライトが入っていた。付箋がついているところには、そこへ右肩上がりの男文字でメモが書かれている。しかしおそらく万年筆か何かで書かれた

だろうその文字は、歳月を経てにじみ、つぶれ、もはや第三者には判読不可能にまでなっていた。

 まもなくコーヒーとサンドイッチがきた。僕はキュウリとハムのサンドイッチを食べながら、ただひたすらにページを繰った。なんとなく、池野がこの本を僕に取りに行かせた意図が分かってきた気がしていた。

 結局、人は自分のことを誰かに話したくなる。それは遺書を書くとき、たくさん横道にそれてしまうのと同じ。自分が食べたものだとか、それがどれだけおいしかったとか。たとえばいま僕が飲んでいるブレンドコーヒーの酸味が強すぎるとか。でもサンドイッチはキュウリとマヨネーズの相性がいいとか。そういうどうでもいい話から、その者にとっては人生訓にもなり得た一言まで。とにかくそこには、そういうものが書き連ねてあった。

 そうだ。これは、もともと池野の本だったのだ。だけど、彼はどこかでこれを手放した。そしてとうとう、彼が死ぬまでにこの本が見つかることはなかった。そしていま、それは僕の手元にある。

 最後のページ。第二十六節。たかだが一ページもない部分の最後の一文に、池野は大きく蛍光マーカーで円を描いていた。僕はその一文を読んだとき、どうしようもない感情を覚えた。


     †


 だから君も、他人にやたら打ち明け話なんてしないほうがいいぜ。おかしなもんさ。話せば、話に出てきた連中がいま周りにいないのが、寂しく思えてくるんだからさ。


     †

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