~~~

 脳裏に浮かんだのは、何故かキィの顔だった。

 あの子はちゃんと宗也さんのところへ帰れただろうか。

 海斗が一緒ならきっと無事だろう。昔から約束だけは守る方だったから。

 められた香と塗り込められた香油のせいか、次第に意識が朦朧もうろうとし始める。


 もう良いよね。流されちゃっても。

 目の前に、虹色の光があふれ出す。

 こんなにすごいことになっちゃうんだ。自分でするのとぜんぜん違う。

 とろけ出す意識の端で、伯父達があわてているのを知覚する。


 あれ……違うのかな?

 いぶかしむ私の眼前に、いつかどこかで出会った真っ白な少女の顔が浮かぶ。


『迎えに来たよ。わたしを助けようとしてくれたね』


 そんなの良いよ。それより、遊ぶ約束を――


         §


 懐かしい匂いに包まれて目が覚めた。おばあちゃんの家の匂いだ。

 もうそろそろ起きないと遅刻すると、しぶしぶ目を開けると、わたしの顔をキィがのぞき込んでいた。


 あれ……前にもこんな事なかったっけ?

 次第に意識がはっきりとして来る。


「ふァッ!? はだか!?」


 直前まで置かれていた状況を思い出し、あわててね起きる。


「――ッツ!!」


 避けなかったキィと額をぶつけ、痛みで畳を転がる。

 わたしに頭をぶつけられたキィのほうは、天井を仰ぐような姿勢のまま不平も不満も示す様子はない。


「いたた……あれ? どうなったの?」


 ――祭祀さいしとは名ばかりの、地下でのいかがわしい儀式。壁に貼り付けられたまま唄う奇怪な生物の木乃伊ミイラ。あふれだす虹色の光――


「キィが助けてくれたの?」


 首をかしげたわたしの問いに、キィは鏡写しのように小首を傾げてみせた。


 いつまでもお見合いしていても仕方ない。キィが持ってきてくれたのか、着ていた服は散らばっている。塗り込められた香油をぬぐい身支度を整えると、キィの連れの素人民俗学者に連絡を試みる。


 説明に苦労するかと思われたが、彼は不思議と私とキィが行動を共にしている事に不審も示さず、待ち合わせ場所に隣町へと続く橋を指定した。


「女の子なんだから、夜道には気を付けてね」


 そう思うのなら迎えに来て欲しい。喉元まで出掛かったが、伯父達がもうわたしを探し始めているかもしれない。宗也そうやさんを巻き込むのも気が引けるし、かといってこのまま留まっているのもなんだか怖い。


 夜の町を走り橋へと向かう。

 夜風に当たるうち、残っていた怪しい香の効果も抜け、頭がはっきりしてきた。

 おこもりの風習を守っている訳ではないだろうが、人通りは無い。薄暗い路地から急に魚の顔をした男が飛び出してや来ないかと、おっかなびっくり先を急ぐ。


 途中どうにも気になって携帯の電源を入れてみた。拝島伯父と海斗からの着信が数件ある。一番新しいのはユリカからの物だ。迷ったがリダイヤルしてみた。


『あんた今どこにいるの! あのヒゲがうちに来てないかって連絡よこしたよ?』

「えう……ごめんなさい」


 少し怒ったような声に、思わず謝ってしまう。


『おこもりがイヤなら、家出とか子供っぽい真似しないでうちに来なよ。一晩くらいなら何とでもごまかしてあげるから、明日になったら素知らぬ顔で帰ればいいじゃん!』

「……そうだね」


 伯父の行状ぎょうじょうを考えれば、今夜を乗り切ればそれで済む話かは怪しい。それでも、キィを宗也さんのもとに送り届けた後、ユリカに匿って貰うのは、選択肢として考えても良いかも知れない。


 キィと顔を見合わせる。何か答えを返してくれるのを期待している訳ではない。拘束着を着せられたままなのに、この子は危なげなくわたしに付いて来る。それに、どうやってわたしを地下から救い出してくれたんだろう?


「……る?」


 何にせよ、キィがわたしを助けてくれたことは間違いない。今度はわたしがしっかりしなきゃ。


 河沿いの道に出た。もうすぐ橋が見える。

 ほっとしたところにいきなり携帯の着信音が鳴り、あわてて相手も確かめずに出てしまう。


『今どこ? 迎えに行くよ!』

「橋の近く。でもユリカ、外に出ちゃ駄目だよ」

『まだおこもりとか気にしてんの? 直ぐに行くから!』


 ずっと携帯が繋がらないのを心配し、もう自転車で迎えに出てくれたらしい。なんだか気遣いが嬉しかったが、ユリカのことが心配でもある。拝島伯父からの連絡を取ってしまわないよう、携帯の電源を落とす。


 先に宗也さんとの待ち合わせ場所に向かうべきかと考えたが、既に近くまで来てくれていたのか、自転車の灯りが近付いてくるのが見える。

 手を振るユリカの姿は、河から噴出ふんしゅつした水柱に飲み込まれた。


「な……!?」


 急の事態に頭が追いつかない。

 3mほどの太さを持つ水の柱は方向を変え、立ちすくむ私に向かって来る。


「ヴァン……いぷ。みずのまもの……」

「しゃべった!?」


 何かをつぶやいたキィをあわてて押し倒す。頭の上をすり抜けて行った水柱の中に、ユリカの脚をくわえたあざらしの様な水獣が泳ぐ姿が見えた。

 水柱は十数m先で方向転換し、再びわたし達に向かってくる。



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https://kakuyomu.jp/works/1177354054884676877/episodes/1177354054884680828

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