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 その事実に絶望し、あきらめに身をゆだねようとしたとき、扉を蹴破る勢いで海斗が飛び込んできた。


郁海いくみッ!!」

海斗かいと……どうして!?」


 美魚みおの驚きは、声を出せない私の問いを代弁していた。

 淫欲いんよくに囚われて、着衣をなかば脱ぎかけていた宮司達はまともに反応も出来ず、またたく間に海斗に打ち倒された。


「立てるか?」


 革帯を解き、わたしを床に下ろした海斗は、上着を脱ぎ羽織はおらせてくれた。脱がされた服は見当たらない。とりあえず、前を合わせ胸だけでも隠す。


「頭……怪我けがしてる」


 額が割れ、血が流れるままになっている。宮司達の反撃は受けてはいない。自身も軟禁なんきんされていたはずの海斗は、怪我けがを負ってまでわたしを助けに来てくれたんだ。


「海斗、まさか……父を……」


 何に気付いたのか。つぶやくと美魚は膝から崩れ落ち、泣いているとも笑っているとも付かない奇妙な表情を浮かべた。


「俺は郁海と行く。もうお前も自由に動けるはずだ。自分の行く先は自分で決めろ」


 ぶっきら棒に言い残すと、海斗はふらつく私を抱きかかえるように出口へ向かう。


「どうして! どうして私じゃないんですか!? 自由なんていらない!! ずっと私といて下さい!!」


 振り返った海斗は、妹に向け少しだけ優しい眼差しで応えた。


「一番強くて一番美しい女神と会えたんだ。れない訳にはいかないだろ」


 ……美しいより前に強いって何だ?

 それでも、海斗の部屋で聞かされた告白よりはずっとマシだった。

 海斗に支えられ部屋を出る。背後に響く美魚の慟哭どうこくは、わたしの心に罪の意識を深く刻み込んだ。


         §


 月が照らす夜の道を、海斗に手を引かれ走る。


「ねえ……海斗、ほんとに伯父さんを……」


 海斗は応えない。言いようのない不安が襲ってくる。

 それでも、海斗が助けてくれなければ、わたしは訳の分からない祭祀さいしなぐさみものになっていたはず。


「ちょっと待って!」

「何だよ!? れたかどうか俺にも分からねぇよ!!」

「そうじゃなくて!!」


 もじもじと、上着の前をき合わせる。日は落ちたばかりでまだ夜も早い。昔はおこもりの夜は、日が落ちてから外出する者はなかったそうだが、今はうっかり誰に会うとも限らない。危機を脱したばかりとはいえ、裸同然の姿では居心地が悪い。


「せめて、着るものと靴が欲しいかなって……あっ!?」


 苛立いらだたしげにうなった海斗は、猫のでも捕まえるように私を抱き上げると、再び夜の道を走り出した。


「お姫様抱っこってこんなにありがたくないものだっけ?」


 幼馴染おさななじみの腕の中、不満顔を浮かべるわたしの胸は、言葉とは裏腹うらはらに高鳴っていた。


 社務所にはすぐに手が回るだろう。わたし達が向かったのは、以前おばあちゃんと暮らしていた家だ。


 植木鉢の下に隠していた鍵で扉を開けると、懐かしい畳の匂いが迎えてくれた。

 仕舞ってあったワンピースに着替え、海斗の頭の傷を手当てする。ずいぶん深い。割れただけでなく、肉をえぐったような痕跡こんせきがある。本人はかたくなに平気だと言い張るが、本当に大丈夫だろうか?


「これからどうするの?」


 親に手を上げた後ろめたさからか、海斗は詳しく話そうとはしなかった。拝島伯父に怪我を負わせて逃げ出したのは間違いなさそうだ。


「すぐには意識を取り戻さないだろうよ。それに、美魚にそそのかされた宮司は、親父おやじの言い付けに逆らってお前に手を出した。仲間割れするにせよ何にせよ、疑心暗鬼と混乱で、すぐに組織立っては追っては来れねえよ」

「キィは?」

「あの変な女か? 見なかったが、アレは親父おやじらがどうこう出来るタマじゃあないだろ」

「……そう?」


 下らなそうに海斗は言い切るが、わたしにはその根拠が良く分からない。様子がおかしかったから、勝手に車を抜け出したのだとしても、あの素人民俗学者の青年も放っては置かないだろう。今ごろあわてて探している最中かもしれない。


 折を見て警察と宗也さんに知らせよう。わたし達とは違い、キィは汐入しおいりの外から来た人間だ。たとえ有力者であろうと、拝島伯父が揉み消せるはずがない。


「ふぁッ!?」


 傷の手当てのため、海斗の眼前に無防備に晒す形になっていた胸を鷲づかみにされた。いくら助けてもらったからといって、許せるはずがない。思わず引っ叩きそうになるも、手当てしたばかりの額を目にし、必死にこらえた。これだから男ってやつは!!


「ちょ、やめなさい!」


 うろたえる私に構わず、海斗はそのままわたしの胸に顔をうずめた。 


「ここを出て二人で暮らそう……」

「……そんなに簡単にはいかないよう」


 ならばどうする。連れ戻され、怪しい祭祀さいしに参加するというのか。言いなりになるのを拒絶したのに、庇護ひごは求めるというのか。

 どちらも考えられないことだ。海斗の言うように、汐入ここから出て改めて、わたしは自分わたしの行く先を考えるべきなのかもしれない。


 わたしにすがり付く海斗は震えていた。


「海斗も怖かったんだね」


 当たり前だ。なりは大きくても私より年下だ。父親相手に刃傷沙汰にんじょうざたを起こし家を飛び出す。そんなの怖くないはずがない。

 身体をきたえて強面こわもてぶってみても、中身はまだわたしのあとを付いて歩いていたあの頃と変わらない。


 愛おしさに優しく抱きしめると、不意打ちで唇を奪われた。



https://kakuyomu.jp/works/1177354054884676877/episodes/1177354054884680127

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