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 鎮守ちんじゅの森の奥には古いやしろがある。おばあちゃんがいた頃は毎日掃除されていたが、このごろは掃除もないがしろにされ、夏草に埋もれている。


 海が見渡せる崖のそばにあり、岩場の小道を降りると浜辺に行けるので、子供の頃にはいつも遊び場にしていた。泳げないどころか、怖くて海に足も浸けられないわたしは、浜辺で遊ぶだけだったが。


 昨晩は海斗かいとが何か話があるようだったのを、おざなりにしてしまった。ユリカから、祭りの夜は盛り上がって木陰で初体験を済ませる子が多いという話しを聞かされたばかりで、意識してしまったというのもある。


「良い天気だねえ。いるかが泳いでるのが見える」


 再従兄弟はとこは立ち木に背を預け、海を眺めている。

 ふと、浜辺によたよた歩く白い人影が見えた。長い黒髪のその人物は、慣れないかかとの高い靴でも履いてるのか、すごく危なっかしい。しばらく目で追っていたが、岩場の影に入り見えなくなった。


本宮ほんみやには出るな。二度とから出られなくなる」


 顔を合わせぬまま海斗が告げる。わたしがなしくずしに巫女として汐入しおいりに留まるしかなくなる事を、心配してくれているのか。


「おばあちゃんもやってたことだし。進学を認めてもらうにしても、今年の参加は伯父さんの決めた条件だからねえ」


 ちゃんと勉強もして結果を見せれば、夏冬の休みに帰ってきた時だけ、巫女を務めればいいって話でまとまりそうだし。ユリカと相談してわたしなりに出した結論だ。


「そうじゃない。お前がやらされるのは、ばあさんのやってた眠り巫女とは別物で――」


 口ごもる海斗。


「バイトして少しは金貯めてたよな? 身の回りのものだけ持ってここに来い。俺と逃げるんだ」

「え? あ……駆け落ちって事?」


 思考が追いつかない。伯父はわたしを海斗の嫁として拝島に迎えるつもりじゃなかったの? てっきり巫女として汐入に残り、いずれ一緒にになるのならと関係を迫られるのだとばかり考えていた。「もうちょっと大人になるまで保留ね」という応えを、幼馴染のお姉さん分として言い聞かせる心構えしかしてきていない。


 薄暗い林の中で二人きりという状況に気付き、海斗に対し今まで感じたことのない不安と緊張を抱いた。


「まじめな話だ」


 不意に肩をつかまれて、反射的に振り払ってしまった。

 海斗の真剣なまなざしが怖くなり、あわてて逃げ出す。

 暗くなる前に必ずだぞという、声を背中に聞きながら。



https://kakuyomu.jp/works/1177354054884676877/episodes/1177354054884678075

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