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 満月が照らす海を横目に見ながら、帰路を歩む。

 夏も盛りだが、日が落ちればまだ過ごしやすい。山からの風は生暖かいが、シャツの中にこもった汗臭さを穏やかに海へ流してくれる。


 帰ったら身を清め、おこもりの準備に取りかからなければならない。

 明確な理由と意志があれば断れもする。でも、どうにも煮え切らない気持ちのまま、わたしはふわふわと歩き続ける。


 街灯も無い寂しい場所に差しかかった。

 なんとなく、小さな頃にしたように堤防の上を歩いてみたくなった。車もほとんど通らないから、人目を気にする必要もない。わたしはスカートが乱れるのも構わず、堤防によじ登った。


 無駄に育った胸の重さが邪魔だ。立ち上がると、思ったより視界が高くて少し怖くなる。そうか。背が伸びたからか。

 サンダルを脱いで、バランスをとって歩き出す。


 幼い日、堤防の上を歩くわたしを心配そうに、うらやましそうに眺めながら、並んで道路を歩いていた海斗かいとの姿を思い出す。海斗がわたしと同じように堤防を歩けるようになったのは、2年も遅れてのことだったっけ。


 どうして変わっちゃったんだろうな。

 懐かしさに浸るうちに、迷いの正体にもぼんやりと思い当たった。

 そうか。わたしは決めるのが怖いんだ。


 大好きだったおばあちゃんはいなくなり、幼馴染おさななじみの海斗はわたしを女として見るようになった。姉妹のように仲の良かった美魚みおとは、微妙な距離を感じ始めている。友人のユリカはすでに自分の歩く道を決めている。漠然ばくぜんと日々を過ごしていただけのわたしは、この先どう変わればいいんだろう。


 一つため息をつき、堤防に腰をかけ海に映る月をながめていると、砂浜でうごめく複数の影に気が付いた。


 お祭り気分のまま若者が騒いでいるのではなさそうだ。コンビニ代わりのよろずやで飲み物や花火を買い込んで遊ぶには、ここは遠すぎるし寂しすぎる。何より、嬌声きょうせい歓声かんせいが響いてこない。


 胸騒ぎにも似た感覚に、サンダルを履きなおしたわたしは身を低くして浜辺側に降り、消波しょうはブロックの影に身を隠しつつ近付いて様子をうかがう。


 その光景を目にしたわたしが最初に連想したのは、鮭の産卵シーンだった。


 月の光の下、一人の少女が群がる男達に陵辱りょうじょくされていた。

 少女が着せられているのは拘束着こうそくぎだろうか。しなやかな身体のラインをあらわにする白い皮製の服は、少女の両腕の自由を奪っている。皮肉なようで幸いな事に、拘束着はその頑強さゆえ、少女の貞操ていそうを守る役割を果たしているようだ。


 脱がす事も引き破ることもできないのか、あるいはその間ももどかしいのか。ある者は少女の両脚を抱え込み、ひたすら股間を擦り付けている。長く艶やかな黒髪を鷲掴みにし、いきり立ったモノを可憐な口元に強引に捻じ込んでいる者。なんとしても受精させようというのか、首輪の付いた襟元えりもとから精液を流し込もうとしている者も居る。


 吐き気をもよおす程に凄惨せいさんな光景のはずなのに、不思議とおぞましさよりも先に物悲しさを感じたのは、どうしてなんだろう。


 荒々しい男達の息遣いとは対照的に、少女が悲鳴や拒絶の声どころか、ごく生理的な反応としてわずかな声しかもらさないのが原因か。


 どれだけの間男達の劣情れつじょうを受け止め続けたのか。

 男達の欲望のままに、みだらに折り曲げられるその肢体にも。

 己の置かれた状況に無関心なまま、ぼんやりと半眼でまどろむ様な顔は言うにおよばず。

 少女を操り欲望を掻き立てる手綱たづなとして、あるいは凌辱りょうじょくを演出する極上の敷布しきふとして踏みしめる髪までもが白濁に塗り固められている。


 月の光を浴びぬめらかに輝くその姿を前に、息苦しさと共に抱く名も知らぬ初めての感覚に、わたしはただ戸惑うことしかできなかった。


 少女を犯す男達はみな、魚の顔をしていた。

 見開かれたままの目は顔の両側に位置し、あごのない首元にはえららしき裂け目が刻まれている。


 背丈せたけは人間と変わらないが、ぬめるその背は鱗で覆われ、鉤爪を持つ節くれだった指の間には、水かきが見える。頭部や股間にまばらな体毛が生えているのが、人間っぽくて気味が悪い。


 少女の口を犯していた魚人が呻き声を上げると、少女の頭を抱え込み、下腹に押し付ける様にして射精する。嘔吐えづく少女の口からあふれた精液が喉を伝いこぼれる。まだ足りないのか、魚人は驚くほど大量の精液を吐き出し続ける男根を擦り付け、少女の顔を汚す。己の臭いを刷りこみ、所有権を誇示するように。


 少女がきこむ声で我に返る。

 いけない。場の雰囲気に飲まれかけていた。


 あの人形のような顔には見覚えがある。民俗学者の青年の車で見た少女だ。

 例え彼女が泣き叫んでいなくても、ろくに身動きの取れない相手に対するこの行為が、断じて合意あってのはずが無い。

 相手は化物だけど、見過ごせるはずがない。少女を道具に欲望を処理する鬼畜の所業に対する怒りが、わずかに恐れを上回った。



 手頃な石を手にとり、重さを量り慎重に距離を見極める。アンダースローで放った石は今までの人生一番の出来で、少女の口を犯していた魚人の側頭部に吸い込まれるよう命中した。


 不意に倒れた仲間に魚人たちがあわてる隙に、波消ブロックの影を伝い位置を変える。幸いバットに似た重さと硬さの流木を見つけることができたが、ここから先は満月に照らされる浜辺に姿を晒さなければならない。魚人の一体は少女から離れ、跳ねるような動きでわたしが石を投げた場所に近づいている。


 深呼吸し震える足を一つ叩くと、流木を手に少女の髪を掴んだ魚人に向かって駆け出した。

 波消ブロックの影から出た瞬間に気付かれていたのだろう。わずかな逡巡しゅんじゅんのあと少女の髪を離して魚人はわたしに向き直る。


 あせりにられたわたしのフルスイングは早すぎるタイミング。

 しでかした失敗をさとり恐怖と後悔に総毛立つも、避けるでも受けるでもなく、魚人は頭で受けるように踏み込んできた。


 派手に折れ飛ぶ流木の破片と倒れる怪物を目にし、安堵あんどに脱力し掛けるも、魚人の行動の意味に気付きぞっとした。


 つかもうとしたんだ。流木じゃなく、わたしのほうを。

 嫌悪感で思わず身震いするも、もう一体が戻ってくる。



「立てる?」

「……rる?」


 汚液に構わず少女を助け起こす。思ったよりもしっかりしている。

 肩を貸そうとしゃがむわたしの足首を、湿った手がつかんだ。


「ふわぁあ!!」


 慌てて蹴りつけ振りほどく。投石で上手く気絶させられた訳じゃなかった。殴り倒したほうも、よろよろと立ち上がろうとしている。


 不意にエンジン音と共に砂浜にライトが向けられた。通りかかった車が不審ふしんに気付いたのか。通り過ぎることなく、ライトはこちらに向けられたままだ。


 跳ね寄りつつあった魚人は、踵を返しそのまま海に飛び込んだ。車のほうへ向かうには、少女を抱えたまま2体の魚人の間をすり抜けねばならない。逆方向にこのまま浜辺を走れば、古いやしろへ続く崖の小道がある。



社の方へ走る。

https://kakuyomu.jp/works/1177354054884676877/episodes/1177354054884678883

車に助けを求める。

https://kakuyomu.jp/works/1177354054884676877/episodes/1177354054884681423

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