第6話 父さん、動けない

 翌朝目を覚ました僕は会社に連絡を取り、今日の予定を報告する。課長の了解が取れたのが8時。時間が無駄にできない海外での行動において、日本と一時間の時差があるのはありがたかった。ホテルを出ると、今日も突き抜けるような青空が広がっている。その下でタクシーを拾うと、まずは自社の支社、つまりペーパーカンパニーの管理会社を訪問。マカティの中心地に構えられたオフィスに到着すると、挨拶もそこそこに予定していた弁護士との打ち合わせに入る。この見た目三十代の若い現地弁護士が相手の製造会社に連絡したところ、アポが取れたようで、こちらが問題なければ今日の15時に訪問する予定とのこと。一度父さんに連絡すると、今日こっちに来るのは難しいそうで、製造会社側がどういった状況なのかまず探ってほしい、と言われた。


 父さんが言ったから気がついたわけではないけど、弁護士からの電話だったからとはいえ、相手の会社が話し合いに応じたということは、相手もこちらの状況を探りたいに違いない。弁護士と打ち合わせを一通り済ませると、僕たち二人はレストランでランチを済ませてから車で二時間ほどのところにあるバタンガス州に向かった。



 ☆☆☆



 弁護士の車でバタンガス州の製造会社に到着すると、相手側の社長と思われる人物に出迎えられた。日焼けした肌にサングラスをかけ、恰幅の良い彼は、見た目40代前半のワイシャツ姿の弁護士らしき人間を従えている。彼らと握手で挨拶し、さっそく社屋の中に案内されるが、彼らは僕の顔を見て口元に笑みを浮かべていた。きっと若僧だと思って安心したのだろう。


 応接間に通され、相手の社長の前に僕が、相手の弁護士の前にこちらの弁護士が座る形で話し合いが始まる。


 こちらから先に切り出すより早く、社長が昨今の物価の上昇で今の状況だと契約を継続することが難しくなってきた、と言ってきた。こちらの弁護士が、金額的には見直しの時期も契約で決まっており、現時点での変更は難しいと答えると、契約のことはわかるが、会社がつぶれてしまっては元も子もない、と切り返してくる。弁護士が僕の顔を見るので、ではいくらの金額が希望なのか? と目の前の社長に聞き返すと、ざっと三倍の値段をふっかけてきた。


 もちろん応じるわけにはいかない。こんなことでいちいち本社に確認をとっていたら相手になめられてしまう。僕は話題を変え、商品が納品されない事についてどういった事情があるのか聞いた。すると社長は現在配送会社から値上げを突きつけられており、このままだと赤字になるので出荷できないという。社長はあくまで自分のペースで話し、値段の問題に置き換えたいようだ。


 こちらがそんな話に付き合う道理はないが、声が大きい社長にまくしたてられ続けるのも馬鹿らしい。僕は昨日ヒナセ工業からもらった日本語の会社案内を取り出し、「こちらでいくつか会社を周り、色よい返事を受けている」と言った。もちろん大嘘だけど、相手も大風呂敷を広げているのだからおあいこだ。どうせ日本語の会社案内なんて彼らには理解できないだろうし、このタイミングで金額的にリスクヘッジをしておかなければ、後々の交渉でたたる。


 僕が社長の目を見ながら一通り話すと、社長はよくわからないというように手を広げ、そっぽを向いてしまった。とりあえず彼を黙らせることに成功した僕は、弁護士同士の話に持ちこむために相手の弁護士に顔を向け、「うちとしては、すぐにそちらの会社との契約を解消するつもりはないが、状況次第では考えなければならない」と話したうえで、こちらの弁護士から現状の問題点を述べさせる。出荷が遅れたことについては速やかに対処しなければこちらの損失を被ってもらわざるを得ない、と正論を突きつけると、相手の弁護士から概ね同意を得ることができた。


 そして最後、相手の会社のwebサイトのコピーを僕が取り出して、これについての見解を求めると、社長が話に割り込んできて、あくまで会社の宣伝のためであり、特に悪気はなかった、と説明し始めた。父さんが日本の販社と取引したことについては、すでに彼らにも情報が入っているようで、旗色が悪いと感じたのだろう。これについての対応は一度うちの社内で検討し、明日もう一度話し合いをする、ということで今日のところは一区切りつけることにした。

(別れる際に僕が社長と握手した時、彼の笑みが少し引きつり気味だったのを見て、僕はひと山越えた気がしていた)



 ☆☆☆



 ホテルに戻って一度本社に連絡を入れ、木村課長と松波部長に取り次いでもらい、状況を報告する。その上で、明日の方針について指示を仰いだところ、基本的に僕のイメージする通りで問題ないらしい。木村課長が急いでいた納品についても、早急に対応させればなんとか間に合うそうだ。そこで僕が気になったのが館山自動車の件で、木村課長に確認したところ、なぜ納期遅れを出していたのかは父さんに聞かないとわからないらしい。館山自動車と新規販社の件については父さんに聞いてくれとのことだった。といっても父さん、こっちに来てないけどね。念のため父さんにも報告しておくように言われたので仕方なく電話をかけて事情を説明すると、明日の3時の交渉には立ち合うから待っててほしいと言われた。


 え? 父さん今から来るの?

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