胡蝶の夢

「すみません・・・、この脚本これでいいんですか?」


「えっ?何を言ってるんだ君は。不自然な所でもあるのか?」


「だって・・・、この作品に海に出ようとしたところ"武装集団"が大量に襲い掛かるなんて

シナリオありましたか?」


「嘘だろ?」


返された書類に目を通す。


「あれ・・・、本当だ。こんなこと書いたかな・・・。書き換えとくから。」


「よろしくお願いします」


(何でだろう...?)



スタッフの間でこのようなやり取りがあった。

それから数週間が経つ。

監督である私は、映像の最終チェックに入った。


しかし、それは驚くべきものだった。

最後のシーン。かばんが仲間たちと遊園地で打ち上げを行うシーン


「は?」


私は思わず声を上げた。

周りの人々は、きょとんとした様子でこちらを見た。


「止めてくれ!」


「どうされましたか...?」

スタッフの一人が尋ねる。


「なんで黒ずくめの人物が大勢出てきて仲間を襲っているんだ!

こんなことを書けとは一言も言ってないぞ」


「えっ?だってこれが“正しいストーリー”じゃないんですか?」


「何をおかしなことを言っているんだ君は」


「だって、監督、最初からこういう風に作るって言っていたじゃないですか」


一度冷静になり、そんなことを言ったかどうか思い返したが、記憶が無い。

そもそも1話から11話まではそう言った現象が無かった。


「と、とにかくダメだ!これは作り直して!」


私は部屋を後にした。

おかしい。明らかに。

私は、すぐに過去に放映されたストーリーを振り返って見てみた。


「おかしい...。フレンズを襲う悪の組織?」


自分の作品なのに何が正しいのか私にもわからなくなってきた。


「・・・誰か元のストーリーを知っているはずだ」


私の会社と繋がっている声優事務所、

私は自分の目で真実を確かめたいと思い、声を当ててもらっている声優MとOの元に確認を取りに行った。


「いきなりで申し訳ないです。“けものフレンズ”のあらすじって覚えてますか」


二人は、困惑した顔を見せた。


「言えばいいんですよね?

なら、記憶を失った少女が、サーバルと出会って記憶を失わせた悪の組織と戦う話ですよね。

そうだよね?」


隣のMに確認を取る。


「それで間違いないですよ」


と端的な返事であった。


「どこも、違和感は感じない?」


「別に変な所は一つも無かったです」


「はい。そういう企画で、やらせてもらいましたから」


私は二人に頭を下げて、後にした。

自分の中でも、それが正しいのかな。と思い始めてきてしまう。

何が正しいんだ?


「きっと、自分は夢を見ているのかもしれない...」




私は納得が行かず、ネットでも調べた。


「・・・嘘だろ」


SNS、動画サイト、Wiki、まとめサイト、掲示板・・・


無我夢中で、時間を忘れて調べまくった。

だが、結果は、声優の彼女達が言っていた結果と同じだ。


“けものフレンズ”の正しいストーリー。


私も、段々とそれが正しい物だと思い始めた。

もはや、目に見えるものすべて正しいんじゃないか?


そういえば、もうすぐ作品を納入しなければいけない。


「これが、正しいストーリー・・・」


もう、誰もおかしいとは言わないだろう。

何故か自分の心の中で勝手に納得してしまった。




そして、最終回12話「ゆうえんち」の放送日を向かえた。






最終回放映から数か月後・・・


「財団本部、こちらエージェント・日野...、

SCP-399-JPによる記憶改竄及び、現実改竄現象が確認されました

推定記憶処理人数・・・・1万人をゆうに超えると思います。

そして、ミュージカルにおける、SCP-399-JPの影響もありますので、

今回の一件、そう簡単に収まらないかと思います。

ここまで、影響が広がってしまったのは恐らく、

“そのストーリーが正しい”とミーム汚染されてしまったことが原因だと思われます」




私はもう、そのストーリーが正しい物だと認識し、2期の計画を持ちかけた。

勿論全員賛同で、進められた。


ある日一通のメールが届いた。


““けものフレンズ”の監督から降りてもらいます”


「・・・え?」


これは、何かの夢じゃないのか?


ふと、かつての事を思い出す。


第12話・・・、アレは本当に正しかったのか?

自分は、本当はそういう物語にするはずではなかった。


私は、かばんが目指そうとした海の向こうに、何を描こうとしたのか。

全て、全ては何だったのか。

どこからが、本当のストーリーで、どこからが、偽物のストーリーなのかわからない。

現実と夢の境界も、曖昧だ。






荘子曰く、胡蝶の夢...






【エージェント・石岡 報告書】


先日、発生したSCP-399-JPによる大規模なミーム汚染、及び記憶・現実改竄について、

全ての人物の記憶処理を3ヵ月以内をめどに完了させる予定です。

また、SCP-399-JPの被害を広めた発端となったアニメ監督は、カバーストーリー「監督降任」を装い財団の指示の元、適切な記憶処理を行います。

これに伴うファンの批判などは避けられない物だと考えられています。


しかし、私はこの財団の対応について疑問を抱きました。

何故、監督を解任させなければいけないのか。手荒過ぎると思います。

個人の私情を挟む事はいけないのは分かりますが、世間から彼が監督だったことを記憶処理をし、

アニメのクリエイターを差し替えるというのは、やり過ぎな気がします。

我々財団の任務は対象を確保、保護、収容を目的としているのに、

今回の件については、その目的から逸脱していると思います。


――――――――


<元ネタ>


【胡蝶の夢】


アイテム番号:SCP-399-JP


オブジェクトクラス:Euclid



※確保、保護、収容。

SCP財団日本支部及びSCP財団はあなたの入団を歓迎します。

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