生きるという権利

それは、私の言葉から始まった。



「なあ、キリン」



「どうしたんですか、先生」



「あの建物、気にならないか?」



私は、窓の方からその古い塔を指差した。今日は晴れ渡っているので、その塔の存在がギリギリ見えたのである。



キリンは目を凝らし、その塔を確認した



「あ〜、ギリギリ見えますね。


よくあんな物見つけられましたね」



「気分転換に外を見てたらね、偶然見つけて気になったんだ」



「でも、あの塔のどこが気になるんですか?」



「あの塔、何故か上の方だけ“霧がかかっている”んだよ」



「霧ですか...」



キリンは再び、それを確認した。



「あっちの天気が曇っているだけでは?」



「それを確認したいんだ...」



「じゃあ、行ってみますか?」



キリンがそう言ってくれたのは心外だった。



「本当か?」



「旅っていうのも、いいじゃないですか」



キリンが笑ったのには、何か意味が込められている。そう感じた。



数日後に日程を決め、行くことにした。



私達は、かばん達の様な立派な船は持っていないので知り合いの鳥のフレンズに頼んで塔のあるちほーへと海を渡り向かった。



3日後に戻ると、約束し運んできてくれたフレンズ達と別れた。



「先生、これからどうします?」



「まずはここらのフレンズにあの塔について話を聞こうと思う」



「わかりました!」



私達は海岸から森へ、歩いて入っていった。



暫く歩くと、森の中でフレンズと出会った。



「おや?あんた達ここのフレンズじゃないね?」



「きょうしゅうから来た。


私はタイリクオオカミ、こっちは...」



「あなたは...ヤギね!」



思わずフレンズは微笑した



「面白いね、君」



「アミメキリンです」



何故か、誇らしげな表情をしていた。



「私はハシブトガラス...、こんな所へ何しに来たんだい?」



「ああ、ちょっと“塔”が気になってな」



そう私が言った瞬間、ハシブトガラスは


眼差しを変えた。真剣な雰囲気なのが肌に感じられた。



「あそこには近付かない方がいいよ」



「何故ですか?」


キリンが尋ねた。



「犠牲者が居るからね」



「ぎ、犠牲者...?

もっと詳しく教えてくれないか?」



私がハシブトガラスに言うと、ゆっくりと下に降りてきた。



「あの塔の周辺に、フレンズは住んでいない。みんな、“死んだ”からさ」



「し、死んだ...」


キリンが声を震わせながら言った。



「だけど、全員直ぐに死んだわけじゃない。声を聞いて、死んだんだ」



「声?」



「ああ。


声を聞いたフレンズすぐには死なず、だいたい1週間ぐらいで死んでしまう。


不気味なもんだよ」



「内容とかって聞いてたりしないのか?」



私は食い入るように質問を続けた。



「これは他人から聞いた噂だけど...


生きる権利がどーのこーので、すごく難しい事を言っていた声らしい」



「生きる権利...」



「先生、権利ってなんですか?」



私に近付いて、キリンが尋ねた。



「確か...、あることをしてもいい、逆にダメだと自由に決められること...」



図書館で辞書という物を見つけ、単に単語が羅列しているだけなのに、何故か夢中になって読んでしまった。


読んでおいて良かったと、今思った。



「そういう訳でここらのフレンズは誰一人として近付かないし、危険だから行かない方が良いよ」



「わかった」



私は短く答えた。



ハシブトガラスも“気をつけて”と言って飛び立った。



「まさか、そんな恐ろしい所だとは...」



キリンが珍しく不安そうな目を見せた。



私は深く考えてから、こう言った。



「キリン、先にきょうしゅうへ戻るんだ




それが、私の出した答えだった。



「何を言ってるんですか!先生も帰るんなら帰りますけど、帰られないんだったら私もお付き合いします」



そう言って私の右腕を掴んだ。



「いいかい?私は塔がどんな危険なものなのかわかった。だけど、私は霧の中がとてつもなく気になるんだ。霧の中は何があるかわからない。ただでさえ近づいただけで死ぬような所のその先へ、君を巻き込むことは出来ない。死ぬなら私一人で十分だ」



「私を...一人にしないでください


死ぬ時は一緒じゃなくても...


一人で生きるのは嫌なんです」



彼女の虚ろな目に、私の心の中で揺らめく物があった。



「...それも、権利」



「えっ?」



「君が一人で生きるの嫌だと言った。

それも権利の内一つだよ」



キリンは目を閉じ、大きな息を付いた。



「先生の言葉選びは、秀逸ですね」



難しい単語も、私のそばにいたから覚えたのだろう。



「一旦、この事を忘れて少し旅でもしようか」



キリンは肯いてくれた。



「...あの、手握ってもいいですか?」



小さい声でそう言った。



「あぁ...うん...」



彼女の手は、暖かく、優しさを感じた。







彼女との旅の時間は幸せな物だった。


その途中、彼女は不思議なことを口にした。



「先生、私達は何の為に生きてるんだと思いますか?」



「生きる目的ということ?」



彼女は小さく肯いて、私もそれについて考え始めた。


言われてみれば、何故私達は生きてるんだろう。生きるという行為にその価値があるのか。でも、面白い質問だ。


私は考えを振り絞り一つの答えを出した。



「私は、生きる目的は生きている内に見つけるというのが目的だと思う」



「目的を見つけることが目的ですか」



「だって、何が起こるかわからないじゃないか。人生なんて。それを今断言するのは難しいことだよ」



「先生らしい答えですね」


彼女はクスクスと笑っていた。



「じゃあ、君の生きる目的は?」



「他人のために生きるのが目的...、じゃダメですかね」



彼女の目線が少し私から逸れた気がした



「それも、君の生き方の自由だよ」



私はそう、言葉を掛けた。







そして、3日目


いよいよ私達は覚悟を決めた。


キリンも、何があってもいいと言っていた。私も、最初からそのつもりだ。



鉄筋質で出来た塔は恐らく人の手によって作られた物であろう。


下から見上げると上の方が霧に包まれている。



私が先頭になりその塔の梯子を登っていった。



意外なことにこの梯子はすごく長く、


終わりが見えそうで見えなかった。



何時間登り続けただろうか。


私達はやっと梯子の終わりに到達した。



「ここは、街か?」



「そうですね...。霧の中にこんな所があるなんて...」



私達が辺りを歩きながら散策していると...



「裁判が始まる」



見たことも無いフレンズが私達を手招く。



「さいばん?」


キリンも唐突で困惑している。



「申し訳ないが私達は...」


私が断ろうとすると、腕を捕まれそのフレンズに連れて行かれた。



石造りの建物、かなり立派だ。


私達は待合室に案内された。



「ここで何をするつもりなんでしょうか?」



「裁判じゃないのか」



私は当たり前の様に言う。



「裁判を良く知らないんですけど…」



「裁判も昔、人間がやっていたことだ。自分とは別の人に、自分は悪いのか悪くないのか決めてもらう」



「なんでそれを私たちが?


私たち、何も悪いことしてないですよね?」



「わからない...。ハッキリとした事情までは」



私は厄介事に巻き込まれたなと、気付き始めたが、逃げ出すことが出来なかった。



「被告は法廷へ。後は傍聴席に」



キリンは見知らぬフレンズ2人によって、連れていかれそうになる



「キリンをどうするつもりだ!」



「法廷に立ってもらう。お前は傍聴席に行け。係りの者が案内する」



「せ、先生、取り敢えず私は大丈夫ですから!」



キリンは扉の向こうに連れていかれた。



その後、私も傍聴席に案内された。



一つ、おかしな事に気付いた。


彼女らに、輝きが存在していなかったという点だ。微量ながら、フレンズはサンドスターの輝きを放つ。しかし、それが見られなかった。


おかしな事は法廷に行っても見られた。



人間の裁判の仕組みは詳しくは知らない。



だが、右側の奥にズラリと並んでいるのは裁判官だったハズだ。



真ん中の人物が台を叩いた。



「これより、裁判を始めます」



今度は中央の奥に座っている人物が

“起訴状”という物を読み上げた。



私はそんな物より法廷の中央にいる人物が気になった。



(あれは、キリン?)



真ん中に項垂れる様にして座るキリンそっくりのフレンズの姿。



まるで、生きている気が感じられない。

裁判の内容は私が聞いてもよくわからない。

ここのフレンズ達はどのようにこの仕組みを知ったのだろうか。


そんなことを考えながら、裁判を聞いていると、突然耳鳴りが走った。



(うっ!?)



思わず耳を塞ぐ。



1分くらい耳鳴りが続いただろう。


耳鳴りが止むとキリンはどこか、怖い顔をしていた。

そして早口で、言葉を口にした。



「被告人の左心房は、原告の保持する循環器系臓器の著作権を侵害しており、その存在が原告の存在権を脅かしていることは明白であり、また、被告人の右腕及び小腸の一部においても著作権を侵害しており、これを放置されれば今後侵害箇所は増えていくものと見られます。

以上の事を踏まえ、被告人の違法所持箇所を即刻没収の後、然るべき判決を下すものとする」



私は、口を開けて彼女の言葉を聞いた。

しかし、本当にそれが彼女の言葉なのか耳を疑ってしまう。



「先生、早く逃げてください...」



「何を言ってるんだ!?いったいどうした!」



「静粛に!」


裁判官の一人が再び台を強く叩いた。



「被告人は、秘密情報漏洩の罪で即刻刑に処する!」



「は?ふざけるな!」



「お前も法廷侮辱罪で捕まえるぞ!」



傍聴席側のフレンズに止められる。



「いいから、早く逃げっ...ゲホッ」



彼女が、口から血を吐いた。



「おい!しっかりしろ!」



「いいん...です、せ、先生...

私の、生きる目的は...他の人のた...めなんで...時間を稼ぐんで...早く...」



吐血しながら必死に声を出す彼女は痛々しかった。



「クソッ...」



私は、傍聴席で私を抑えていたフレンズを振り払い、外へ飛び出した。



「せ、先生の...、そばにいれて....幸せでしたよ....アアアッ!」





私は振り返らず、梯子の元へと全力疾走した。



私は必死で梯子を降りた。



はぁ...はぁ...はぁ...



無我夢中で、塔の下まで来た。


もうヘトヘトだ。



「お前!あの塔に登ったのか!」



いきなり目の前に現れたのはハシブトガラスだった。



「頼む...、事情は後で話すから、きょうしゅうの図書館まで送ってくれ...」



「図書館...?図書館ならここのエリアにもある」



「どこでもいい...とにかく、法に関する本が置いてある所なら...」



ハシブトガラスは緊迫したタイリクオオカミの様子を見て、すぐに図書館へ向かった。



その途中...


「どうしてあの塔へ行ったんだ」



「全て私の責任だ...。声は聞かなかったが、中がまずかった」



「中?」



「あの塔の上部には異常な空間が生じている...。街があった」



「街が...」



ハシブトガラスはそれ以上何も聞こうとはしなかった。もちろん、キリンがいない事指摘することも無かった。



図書館に着いた私は片っ端から人間が残したと思われる法律の本らしき物を出来るだけ集め、読み始めた。



あの場で逃げ出していれば、あんな悲惨な事にはならなかった。それをしなかった自分への後悔と、彼女を酷い目に合わせたあの裁判官達に腸が煮えくり返っていた。



彼女らが言っていた、何とか権

そして裁判のシステム



それらを徹夜して、全て頭の中に叩き込んだ。漫画をみんなに見せる時は予めシナリオを脳内に焼き付けておく必要があった。覚えるのは苦ではない。



翌朝、私はすぐにハシブトガラスと共に、あの塔の近くへ向かった。


彼女は昨日一晩中私のそばに居続けてくれた。何かと私を気遣ってくれていたのだ。私は、彼女に“絶対に帰る”と約束して、天へと続く梯子を登り始めた。



私は迷うことなくあの石造りの建物へ向かった。建物まで行くと、警備のフレンズが私を捕まえ、待合室まで連れていかれた。そのまま、真っ先に私が法廷に呼ばれた。被告人の席に立つと自分の真正面に、項垂れた自分がいる。


恐らく、彼女が原告。私を訴えた張本人だ。



「これより、裁判を始めます」



問題は判決文が読まれた時である。

今度は耳鳴りもせず、ちゃんと聞こえた。



「被告人の左心房は、原告の保持する循環器系臓器の著作権を侵害しており、その存在が原告の存在権を脅かしていることは明白であり、また、被告人の右腕及び小腸の一部においても著作権を侵害しており、これを放置されれば今後侵害箇所は増えていくものと見られます。

以上の事を踏まえ、被告人の違法所持箇所を即刻没収の後、然るべき判決を下すものとする」



そう聞き終えた後、裁判長は


「何か意見は?」


と言った。



私は手を上げ、私に尋ねた。


「あなたは私の臓器やらが自分のパクリであり、つまり、あなたが本当の私であり、偽者の私が存在している限り、あなたの生存権が脅かされているという理由で私を提訴した。それで合ってますか?」



暗い雰囲気を持った私は首を縦に振る。

その姿に、活気は見られない。



「そんなに生き残りたいんですか?」



「...はい」



弱々しく、声をあげた。



怪しく思った私は主張した。



「私はやるべき事がある。生きる目的を探す。そして、ここの出来事を他の者達に伝えなければいけない。あなた達が、権利を訴え、必死になって生きる権利、意味を見出そうとしたこと。あなた達は非常に賢いのでわかってくれますよね?私にはちゃんと生きてやるべき事があるし、生きるという権利があると言うこと...、そして、友のために絶対生き残らないといけないんです」



私はその他にも彼女らにわかりやすく伝えようと合理的に主張をしたのです。

彼女らは静かに、しかし驚いたような顔でそれをずっと聞いていました。話終わってから、しばらく間があり、彼女らに予想外のことが起きたのだと直感的にわかりました。



「...こういう理由で私は生きなければいけないのです。よって、判決文を不服とし、上告いたします」



その瞬間、裁判官達が次々と倒れていった。もちろん、もう一人の私も例外では無かった。



私は、もう一人の私に触れようとしましたが、彼女は霧が晴れる様に消えて行った。



ここが危険だと察した私は、すぐ様梯子の元へと急ぐ。

街並みも霧が晴れる様にゆっくりと姿を消してゆき、まるで自分が夢の中にいる雰囲気だった。



梯子を急いで降りて、下に辿り着く。

ゆっくりと塔の上を見上げると、霧が嘘のように晴れ、太陽が輝きを放っていた。

私は、ヤタガラスにきょうしゅうまで送って貰った。




私は、生きる目的を探すのが生きる目的と言っていたが、今はその目的を見つける事が出来た。全て彼女のおかげである。


ひょっこりと、霧の中から出てきそうな気がする。彼女が、笑いながら。



えっ?私の生きる目的が何かって...?

こう決めたよ。








“彼女の為に生きる”ってね。



ーーーーーーーー


〈元ネタ〉



【生存権】


アイテム番号:SCP-062-JP


オブジェクトクラス:Keter→Neutralized

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