第二話 火曜日の回想
俺と茜それぞれに先生からがっちり警告が出ちまったことで、俺とあいつとの間はますます険悪になった。昨日はまだマシだったんだよ。俺は授業が終わってからすぐ部活で、そのあとどこにも寄らずに直帰したから。
でも、今日は朝っぱらからダメだった。朝練がないから出がかち合うと嫌だなあと思ってたんだけど、嫌な予感がする時には間違いなく当たっちまう。テストの山なんか一回も当たったことないのにさ。くそったれっ! 家を出た途端に、茜とばったり。気まずいどころの話じゃないよ。不快指数のメーターが振り切れて、ぶっ壊れそうだ。なんだよ、そのケダモノでも見るような視線! 茜の口は、もう弾丸の装填が完了したんだろう。俺が何を言おうと百倍返しするぞという闘志がむき出しだ。俺の口だって、それは同じさ。
一日が完璧に台無しになっちまうから、火蟻の巣をわざわざつつくようなバカな真似はしたくない。だから一言も口を利きたくなかったんだけど、昨日関谷先生にがっつりどやされたから、一応歩み寄りの姿勢は見せておこうと思って声をかけた。
「うす」
「……」
無視……か。まあ、いいや。これまでなら、バズーカぶち込むような勢いでありとあらゆる悪口と非難が降ってきた。くっそ腹立つツラぁともかく、黙っててくれるだけ百万倍マシだ。
「先行く」
一言だけ吐き捨てて、俺は全力で走った。
まあ、これまで性懲りも無く続けてきた不毛な罵り合いを回避できただけでも、ラッキーなんだろう。ただ……気分は最悪だったんだよ。正直言って。
◇ ◇ ◇
教室にいると、どうしても衝突の回数が増える。昼休み、俺は弁当を引っつかんで部室に逃げ込んでいた。
「行きたくねー……」
俺が木曜のことでうんうん悩んでいたら、道着を担いだ中野先輩がひょこっと入ってきた。
「お。ケン、昼に来るなんて珍しいじゃん。てか、行きたくないってどこにだ?」
う……聞かれてたのか。
「いや、二年は、木曜に夜の動物園見学ってのがあって」
「いいなー。俺らん時にはそんなんなかったぜ」
「俺はどうも……」
「ふうん、ケンは動物嫌いか?」
「いや、好きっすよ。でも、同じ班にどうしてもツラぁ合わせたくないのがいるんすよ」
「へえー、なんでも来いのケンにしては珍しいじゃん」
「ガキの頃から、激しくやりあってきましたから」
「まあ、男は一度誰かをライバル視すると、ずっと引きずるっていうからなあ」
「いや……女っす」
「はああっ!?」
先輩が、目も口もばっくり開けて大仰に驚いてる。
「まぢ、か!」
「うす」
「
「……」
むすっと黙り込んでしまった俺の横に、先輩がどさっと腰を下ろした。
「そいつ誰だ?」
「高木ってやつです」
「高木……うーん、おまえのクラスだと2Cか。どっかで聞いた気が。高木、高木……あ!」
思い当たったのか、先輩がぽんと立ち上がる。
「ああ、思い出した! 高木茜だろ?」
「そうっす」
「学祭のアイコンで三位になったやつじゃん」
げ……それは知らんかった。
「自分推しぃ弱かったからてっぺん取れんかったけど、俺らの間では評判よかったぜ。そんな性格悪そうには見えんかったけどなあ」
「性格は……悪くないっす。態度悪いのは、俺に対してだけっすね」
「へえー、昔おまえが何かやらかしたとか?」
「そんな覚えはないんすけど」
「それなのに一方的に敵視されるってのは、普通ないだろー」
呆れ顔の先輩の視線が痛い。
「まあ、おまえが嫌いだっていうなら、スルーしとけばいいじゃん」
「嫌い……じゃないんすよ。ただ」
「は?」
「合わないんす。徹底的に」
そこで、先輩の理解能力の限界を突破したらしい。
「俺にはよーわからん」
「そっすか」
ロッカーに道着をぽんと放った先輩が、代わりに汗臭い道着を丸めて脇に抱えた。そうか、取り替えにきたんだな。
「じゃな。さっさと飯食わんと、昼休み終わっちまうぞ」
「へーい」
はあ……。悩み事があると、飯がちっともうまく感じない。無理やり飲み込むようにして、弁当を腹の中に押し込んでいく。
「うっぷ」
胃から逆流しそうになるのを根性で押し返して、ベンチチェストの上にばたんとひっくり返った。
俺が何かした覚えはないのに、一方的に敵視される。それは、先生にも先輩にも理解出来ないだろう。俺だって納得はしてない。
「どっから。こんな風に食い違うようになったんかな」
いや、どっからもこっからもない。最初から、だ。俺は、最初から茜とは合わなかったんだよ。
◇ ◇ ◇
家が近所にあって、茜とはよちよち歩きの頃からの腐れ縁だ。でも、その当時から俺と茜は合わなかった。俺には年の離れた兄貴がいて、兄貴が俺より茜をかわいがったのが気に食わなかった……それは確かにあるかもしれない。でも、だからと言って俺が茜をいじめたとか無視したとか、そういうことはなかったと思う。俺はいつも引いて構えてたんだよ。しゃあない。まあいいかってね。
それをまあいいかと思ってくれなかったのが、茜ってやつだったんだ。幼稚園でも小、中学校でも、とにかく俺のやることなすこと一挙一動にケチをつけた。それに俺が黙っていれば、ここまでこじれなかったのかもしれない。でも出来のいい兄貴の影から出られなかった俺は、頭ごなしにがあがあ威圧するやつがどうしてもダメ。兄貴みたいなでかい存在は、二人も三人も要らない。だから、茜の偉そうな態度だけは絶対に許せなかったんだ。
茜に何か言われたら、必ず言い返した。言われたこと以上にね。そして茜は、俺と違って猛烈に気が強かった。俺の反撃が許せなかったのか、口喧嘩のあと手が出るというパターンの繰り返し。口で激しく言い返す俺が、暴力なら我慢するなんてのはありえないよ。たとえその相手が女の子であってもね。必ず最後が取っ組み合いの大げんかになっちまう。
俺は女の子に手を上げる乱暴な子として俺と茜の親から徹底的に責められ、反撃を封じられてしまった。それなのに、俺が茜を受け入れられると思うか? 冗談じゃねえ!
ただ……。それで俺が茜を嫌いにならなかったのは、茜が俺との立場の差を悪用しなかったからだ。あいつはいつも正面突破で来る。罠を仕掛けるとか、陰でほくそ笑むとか、そういう陰湿なことはこれっぽっちも考えない。取っ組み合いになった時も、俺が一方的に叱られたのを見て、関係ないやつが余計な口出しするなって親に食ってかかったらしい。とにかく気に入らないんだから、真正面からガチでぶつかる。それが茜の気性だ。
そういうとこは好きなんだよ。俺みたいにいろいろ自分を抑え込んじまうやつにとって、茜は理想形みたいなものさ。あいつが持ってる明るさとか意地とか突破力とか、そういう部分はひゃっぱー認める。
先輩が言ってたみたいに、あいつはすごくモテるし。でも、それを鼻にかけないし。いいなあと思うんだよ。その正反対のガラクタを俺にだけぶちまけるんじゃなければ、ね。
「はあっ……」
不幸だなあと思う。俺と茜との不毛な関係が途切れる距離と時間。それが今までどっかこっかにあれば。俺はそこで自分をリセットできたんじゃないかと思うんだ。でもガキの頃からずーっと途切れずに険悪なまんまじゃ、仕切り直しなんかできやしねえ。
「くそっ!」
昔のことを思い出せば思い出すほど、どんどん腹が立ってくる。ベンチチェストから跳ね起きて、壁にどすんと正拳一発ぶちかましところで予鈴が鳴った。
「げっ! やべーっ!」
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