#3 第三の眼 前編

 とあるテレビ局の楽屋で、話題沸騰中の女優 鳴見なるみ 坂子さかこが今日最後の収録が終わり、帰路に就こうとしていた。


「佐野さん、次の予定は?」


 デザイナーに化粧を落とされながら、専属マネージャーである佐野さの 亜樹あきに質問した。がさがさと鞄を漁り、スカイブルーのボールペンが刺さった手帳を広げる。


「えっと、9:00から戒都ラジオ局のゲストトーク、13:30からRSFTVの『辿って食えスト』への出演、17:00からは『バンバントークShow!!』で………」


 多忙極まりないのがひしひしと感じる予定を、つらつらと佐野の口から発していく。それを聞くなり、げんなりした表情で鳴見は肩を落とした。


「あー、ちょっと息抜きしたいわー」

「確かに、最近とても忙しくなりましたね。今度、社長と相談してみますか?」


 佐野の心配そうな顔に、鳴見はいたずらっ子みたいな笑顔で、首を横に振った。


「もう、冗談よ。今は頑張りどきよ。じゃあ明日よろしくね」

「……はいお疲れ様です」




 街が寝静まる時間。鳴見一人コツコツと音を立てながら歩いている。ああ言うものの、実際に日々の仕事で疲労感は溜まっているのもまた事実。はぁと思わず深い溜め息を漏らしてしまう。


「すいません」


 いきなり背後から男性の声がした。思わずその方向に鳴見は振り替えってしまう。


「はい?」


 突然男性は、カシャっとカメラのフラッシュがたかれ、一瞬周りが明るくなり鳴見は思わず眼を細めた。そしてまた夜の闇に空間は飲まれていく。彼女の意識をも。


 ***


「おはようございます」


 春宮が白いドアを開け、こじんまりとした部屋にある自分のデスクに座った。ここ戒都警察署刑事課特殊事件捜索係とは、ビョーマに関する事件を扱う課である。その長であるえのき 周一郎しゅういちろうが「四季」と書かれた扇子をパタパタと扇いでいる。


「先日の件はご苦労さん。春宮君」

「……」

「まぁ、そんなに気を落とさんと……」


 あの後、逮捕した妻鹿 直哉を取り調べに入ろうとしていた矢先、身柄はなぜかSpadeに移されると報告された。理由はコイン使用者はある程度治療する必要性があるため、だと。署長にも訴えたが受理はされなかったのだった。だから昨夜から苛立ちが続いていた。


 そこへ、流れを断ち切るように一本の電話がかかってきた。


「はい、こちら戒都警察署 特殊事件捜索課の春宮です」


 その数秒後、春宮の表情は険しくなった。短く応対すると、少し激しく受話器を置き、椅子の背もたれにかけていたスーツと鞄を急いで持った。


「深目、行くぞ!」


「了解です!」


 ***


 朝の準備中、一実はあるものを見つけた。それは、入り口付近に置いてある観葉植物の隣に白い正三角錐で、ところどころに切れ目が入っているモニュメントだった。


「何これ?」


 恐る恐る手を伸ばそうとしていたとき、いきなり後ろから声がした。


「そんなにビビらなくても、危害なんてしないよ」


 ビクッと伸ばそうとしていた腕を素早く引っ込み、そのまま後ろを振り返る。声の主は神林だった。


「はぁ……店長さんですか。驚かさないでくださいよ」

「ごめんごめん。でも、その子は私が造ったんだ」

「え?造った?」


 うん、と神林は笑顔で頷き、モニュメントの前で挨拶をした。


「おはよう、ZET-U」


 すると白いモニュメントは機械音と共に三角錐の頂点には丸いカメラアイ、ぐるっと中心部全体がギザギザに展開し、三角脚で浮遊するロボットへと変型した。二人が眺めるなか、ZET-Uは「おはようございます」とそこそこ滑らかな言葉で挨拶してきた。


「このロボットが……本当に店長さんが造ったんですか?」

「あぁ、昔の時分にね。ZET-Uには人工知能と重力反転装置が搭載されている。そしてこの子もだ」

「え?ビョーマ?」


 一実が驚くのも無理もない。一実が見たビョーマは『人間』がコインを使っていたからだ。


「機械……というより無機物でもビョーマになるんですか?」

「可能性はあるかもね。事実、ZET-Uは『空間ゾーン』の能力を持っているしね」

「ゾーン?」

「ある一定の範囲ならどこでも物体を瞬間移動ができる。SURVIVERの剣はそうやって送っているんだ」


 一実は大きく頷く。あの摩訶不思議な現象はそうやって起きていたのか。

 すると、何かの違和感に気付いた一実は辺りをキョロキョロと見回す。


「あれ?そう言えば友一は?」

「あぁ、友一なら早くに出掛けたよ。また手紙が入ってたから」

「え、内容は?」

「内容は、確か……」


 ***


「鳴見 坂子が誘拐された?」


 電話の一報から駆けつけた春宮と深目は、鳴見が所属する事務所でマネージャーの佐野に事情聴衆をしていた。


「はい……いつものようにお迎えに行くと、全くもぬけの殻だったんです……」


 佐野はハンカチで涙を拭い、嗚咽混じりに事の顛末を説明した。


「最後に彼女を見たのは、何時ですか?」

「えぇっと……夜の1時ぐらいだったと思います。昨日最後の撮影が終わり、楽屋で別れましたので、それ以降の事はなんとも……」

「その日、何か変わった様子とかは?」

「そうですね……最近疲れが溜まってそうで、ちょっと息抜きしたいわーとも言ってましたし……」




 友一の姿はとあるファミレス店にあった。目の前には、スーツ姿で小豆色の無地ネクタイをした男性が座っていた。どうやら彼は鳴見ファンであるらしい。


「これが、アイツがアップした写真か?」

「はい。そうです」


 スマホの画面には、鳴見のファンであるロン毛の男性がSNSにアップした写真。友一はしばらくジッと見ると、男性に返した。


「協力サンキューな。これは少しばかりのお礼だ」


 そう言って、横に置いておいた紙袋を彼に渡した。中身は鳴見 坂子の直筆サインの入った写真集だった。それを見るなり男性は眼をキラキラさせていた。


「ありがとうございます!よくこんなレアな物を持ってましたね!」

「あぁ……友達が引っ越しでくれたんだが、俺は興味なくてな……」



 幸福を受け取った男性と別れた友一は、ある場所に向かっていた。数分後、『三手荘みてそう』という古いアパートに着きバイクを脇に留めた。錆びた鉄板の階段を上り、ある表札を見つけドアをノックした。


「すいませーん」


 ついでにインターホンも何回か鳴らした。しばらくすると変化が起きた。


「はぁい……」


 少し苛立っているような声調が聞え、駆け足が近づいてきた。そして玄関を開けると彼は眼を大きく開いた。その様子に友一はニィっとにやける。


「お前に会いたかったぜ」

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