#2 二人との出会い 前編

 下からの物音で一実は目を覚ました。ずっと棄てられたソファで寝ていた彼女にとって、布団の感触は肌に懐かしかった。枕元には着替えがきっちり整えて置かれていた。

 着替えを終え、階段を昇ると紺の襟つきシャツにエプロン姿でテーブルのセッティングをしている友一の姿があった。


「おはよう、一実かずみ


 一実がいることに察した友一は爽やかに挨拶をした。


「おはようございます。今、何の作業を?」

「店の開店準備。9時半にはけるからな」


 二人が話していると、いきなりカウンターから男性がニュッと首をだし、笑顔のまま二人の傍に駆け寄る。


「あぁ、君が一実ちゃんかぁ。いやぁお前に似合わず綺麗なじゃないか」


 白髪交じりで、丸縁眼鏡をかけた中年男性がいきなり喋ってきて、一実はたじろいでしまう。その様子を見ていた友一が小さな溜息を漏らして、中年男性に注意した。


「店長、いきなり失礼だろ。まず自分の名前から言ってよ」

「おっと、失礼。私は神林かんばやし 零斗れいと。この店『U-JO』の店長オーナーをしている。改めて宜しく一実ちゃん」


 彼は昨晩、友一の口から漏れた人物だった。神林は握手を求め、一実は慌ててそれに応えた。





 朝食を食べ終わった後、淹れたてのペパーミントのハーブティーを飲みながら、神林は真剣な表情で話した。


「ビョーマの事はもう知っているね。そいつらが最近になって頻繁に出現するようになった。そして、その裏にはある組織が関与している」

「その組織って、いったい?」


 一実の質問に神林は一口、ハーブティーを啜って答えた。


「医療研究企業BACCARAT。戒都に経済的発展をもたらし、医療発展に貢献する大企業。だが、奴らが介入してからあの奇怪な事件が起こるようになった」


 さらに、国は怪物を「ビョーマ」と呼称しBACCARATは、民衆をビョーマの手から守ることを理由にビョーマ対策武装部隊「Spade」の設置の許諾を獲得した。ただ一部マスコミからは、彼らが誘拐紛いな事をして密かに人体実験をしているという記事が出たが、デマであると主張し、その後示談で終わった。


「そこで私の知り合いに警察関係の人がいるから、友一と共に協力している。どうだい?一実ちゃんもやってみる?」


 神林の質問に、一実は迷いなく真っ直ぐとした眼で答えた。


「はい。またあの人に逢って直接お礼を言いたいです」

「……それは良かった。じゃ、早速……」


 そういうと白い封筒に入っている手紙らしきものを取り出した。


「また新たな情報か?」


 友一がそう言うと神林はゆっくり頷いた。内容は、先日に起きた事件で、とある男性が交番に助けを求めた。ただ顔は男性だが、明らかに不釣り合いな腕と脚がくっついていた、と報告されている。


「それで、この写真の人物が怪しいということか」


 封筒にはマークしている細身の男性の写真があった。友一はその写真を受け取り、準備を整える。


「一実、早速行くぞ」

「はい」


 出発しようと店の扉に手をかけたとき、友一は神林に呼び止められた。


「友一、これを」


 ピィーンと神林が何かを弾いて、友一が慌ててキャッチする。


「これ、この前の……」


 それは以前、角崎と戦った際に採取した瑠璃色のコインだった。


「既に浄化調整が済んでるぞ」

「……一体どうやって、これを浄化なんかできるんだ?」

「それは企業秘密。まぁ、昔とったナンタラってやつかな」


 得意気に鼻をこする神林が気になりながらも一実と共に捜索を始めた。


 ***


「そうか、奴が動いたか」


 都市の中心に天を刺すように建つタワー、通称“JACKPOTタワー”。そのとある階層で四人の男女が集まっていた。内一人、紺青色の着物で、横に竹刀を置いている男性が部下であろう人物から事の顛末を説明されていた。


「どうしますか。もう動きますか」

「いや、暫く奴らの出方を見てみよう」


 すると円卓の反対に座り、芥子からし色の革ジャンや菱形のネックレスをさげるチャラい男性が椅子を左右に揺らしながら喋った。


「えー、マジで~もうサクッとっちゃおうぜぇ~」

「お主なぁ、ここで下手に動いたらまたマスコミが嗅ぎ付けてくるに決まっているであろう」

「そんなの~金でつらはたけばいいじゃん、いいじゃん」


 その返答に待ったをかけたのは、白緑色の研究衣に、三葉のクローバーのピアスをしているリケジョだった。


「良くありません。ここで失敗すれば今の計画も完全に滞ってしまいます。全く、全部が全部お金で解決しようなんて……」

「でも効果覿面てきめんだろ。お偉いさんだって、紙の束これでヘコヘコするんだぜ。面白れぇじゃん」


 三者三様意見が飛び交うなか、大きな咳払いが一つ、部屋に響いた。三者は発生源をみる。背広を着て、韓紅からくれない色のネクタイを締め、首元にハートの刺青が彫られている短髪の男性が足を組んで座っていた。


「僕はツルギの意見に賛成だね。今動くとBACCARATこちら側の印象を損ないかねない。そうなるとクリーの研究は勿論、ディアにも無駄な損害になると思うよ」

「むむっ……ちぇ、分かったよクオーレ。今回は様子見だ」

「じゃあ、それで報告しておこう。これにてお開きだ」


 ***


 春宮とその部下はとある人物に訪ねていた。パズル作家 妻鹿めが 直哉なおや。『Prism』という立体パズルで一躍有名になり、医療現場のリハビリなどにも用いられるようになった。現在はアトリエ『ピラミッド』を開いている。


「それで、警察が何のご用で?」

「実は先日起きた事件について付近の聞き込みを行っておりまして、ご協力お願いします」

「そうだね……昨日はずっと新しいパズルの図案を考えてたよ。一人だから他の証言者はいないね」


 妻鹿が喋った内容を部下の男性が達筆にメモを取っている。春宮の質問は続く。


「ではこの時間は誰とも会ってないと?」

「えぇ。作業中は特に集中したいので」

「では最後に。この男を見たことはありませんか?」


 春宮が内ポケットから出した写真に、妻鹿はほんの一瞬、コーヒーを飲む手が停まった。そこを見過ごさなかった。


「いえ、全く」

「……そうですか。それではこれで失礼します」


「ご協力ありがとうございました」


 玄関を出て、春宮は部下に耳元で囁いた。部下は首を縦に振りそのまま二人は妻鹿宅を後にした。


 二人が出たあと、窓辺で様子を見ていた妻鹿は自分の部屋に戻った。机の上には妻鹿と背広を着た短髪の男が固く笑顔で握手を交わした写真が立っていた。


「さて、散歩でもしようかな」

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