リング



「いや、既成の作品には手を出しちゃダメでしょ」


 という僕のメタ覚悟の発言も虚しく、今回もお話は進む。

 なぜ先程のような発言に至ったか、だが……今回は明らかにこれから現れる新たな住人の見当がついているからであった。


「……井戸だね」


 井戸である。いつものように最寄りのバス停から家路を急いでいると、いつの間にか雑木林の中に迷い込んでしまい、まるでお約束とでも言わんばかりに、何の滞りもなく井戸が現れた。もうなんなんだこの体質は。

 というかこの井戸って、普通ビデオテープからテレビに映ってそっからが出てくるもんなんじゃないのか?なんでダイレクトなんだ?


「うっ………あっ…あぁぁ………」

「うおっ、出てきた」


 まるでのたうち回って悶絶するかのようなうめき声とは裏腹に案外すんなり……というよりヌルンっと出てきたのは、やはり予想通りの髪の長い女性。とてもこの世の者とは思えぬほどの不健康そうなその面持ちに、ボロボロの肌、瞳の下にはくっきりとくまが入っている。いやぁこれはやっぱり……


「……ん?」

「え?」


 目をゴシゴシと擦ってみる。そして、目を凝らしてもう一度よく彼女を見つめる。不健康そうに見えていた面持ちはどうやらありえないほどに純白な肌色の影響だったらしく、よく見るとシミひとつない綺麗な顔だ。ボロボロだと思っていたのは井戸から這い出た際に付着した汚れで、ボロボロどころか雪のようにキメ細かい肌をしている。そして何よりも特筆すべきは、全くもって淀みのない澄んだ瞳。確かにくまは入ってこそいるが、それがアクセントとなってより顔立ちをくっきりとさせている。間違いない、絶世の美女だ。


「これは……妻に並ぶかもしれない……」

「え?な、なにが?」

「かわいい」

「ヘアッ」


 反応も申し分ない。かわいい。もしかすると、これは僕にとって癒しになるかもしれない。当たり前のように妻には内緒でLINEを交換した。



「あら?クソゴミカスあなた、またLINEが来てるわよ?浮気相手かしら」

「あ、え、あいや、決してそんなつもりでは」

「ダウトね」

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