(7)


 魔獣を倒した後の話をガドに伝えたのは、アパートに帰ってきてからだった。

 どうしてかと問われれば、

「なぜボクを叩き起こし、その痴れ者どもを斬り伏さなかったのですか!?」

 絶対にこう言うと思ったからだ。

 激怒したガドを落ち着かせるには、だいぶ時間を要した。

「……ちっ」

 ガドはおとなしくなったものの、苛立ちは隠せないようだった。ヤンキー座りで舌打ちまでしている。

「で、実際のところ、どうなんだ? あの魔獣を倒したのって、俺たちで間違いないんだよな?」

「勇者様がそれを疑ってどうするのですか。あの敵は、勇者様の魔法によって完全消滅したです。進化の途中だなんて嘘です。単に勇者様の魔法の残滓が濃すぎて、そやつらの理解の範疇を超えただけです」

 ガドの主張は揺るぎなかった。

「ボクの力ですら消滅しきれない性質の敵だったのですから、そんなでかい槍の一撃程度で倒すのは不可能です」

 ……だよなあ。やっぱり、功績を横取りされたっていうことには変わりないんだよなあ。

 結局、誰も俺たちが戦ったことを知らないわけだ。そう思うとやり切れない。

「まあ、冷静になってみれば、逆に良かったのかもな。女神様からも音沙汰がないわけだし、あの魔獣は世界の危機じゃなかったってことなんじゃないか? だとしたら、それを倒したくらいではしゃいでたら、大恥かいたかもしれないってことじゃん」

 俺が言うと、ガドも頷いた。

「確かに少し、もの足りなかったですね」

 強敵だったとはいえ、マンイーターがラスボスというのでは、いまいち納得いかないからな。

 その時、マギパッドに着信があった。

「あれ、親方からだ」

 俺はパネルにタッチした。

『おう、小僧。今日は災難だったな』

 パネルが広がり、でかいベッドに横たわっている親方の映像が出現した。けだるそうに片手を上げ、こちらに笑いかける。

 よく確認しないで受信したが、映像つきの通信魔法だったらしい。

 要するにテレビ電話だ。

「元気そうっすね。ついさっきサームに帰ってきたばかりなのに」

『あたりめえよ。俺を誰だと思ってやがんだよ』

 親方がそう言うと、子どもたちの声がした。

『世界最強パパ』

『力持ちパパ』

『おデブパパ』

『おい、最後に喋ったやつ誰だ!? 体が動くようになったら覚悟しとけよ!』

 子どもたちがいるであろう方向に吠えたのち、親方は向き直って咳払いした。

『で、なんで連絡したかっていうとな、とりあえずお前の顔を見ときたかったのと、これからの仕事のことを伝えるのと……それから礼を言っておこうと思ってな』

「礼?」

『マナは吸われて動けねえわ、ろくに仕事にならねえわで大変だったが、お前さんの働きのおかげで、昨日と今日のマセキの採取量がどこの業者より多かったらしくてな。トラブルはあったが、これからも問題なく、うちの会社がマセキ採取できるうえに、全員1週間休んでいいってことになってな。もちろん有給だぜ』

「マ、マジっすか? え、俺も、もらえるんすか?」

『ったりめえよ。シフトに関係なく、1週間休めるうえに給料が出るって話だぜ』

「うおおっ! やったじゃないっすか!」

 俺は親方とハイタッチしようとして、その手は空を切り、コケそうになった。相手がただのパネルであることを忘れてた。

 代わりにガドとハイタッチして喜んでいると、親方がまた咳払いした。

『で、これは礼というのとは少し違うかもしれねえが。……いちおう、訊いとくぞ。あのバケモン魔獣を倒したのは、お前だよな?』

「えっ」

 俺とガドは動くのをやめ、顔を見合わせた。

『ぼんやりとだが、オレは見てたぜ。小僧、お前がでけえ剣であれを斬るところ、ものすげえ技であれを吹き飛ばすところを。……そうなんだろ?』

「は、はい。そうっすけど」

 親方の言葉を、俺たちはぽかんとして聞いていた。


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