(2)


「ひなたー! お待たせー!」

 遠くから声が飛んできた。女子の声。空気中の緊張を刃で切られた感じがした。

 振り向くと、あか抜けた私服姿の女子がこちらに手を振っていた。

 ぎょっとした。

 そいつはユウカという名前の女だった。ひなたと同じ陸上部に所属し、小学校の頃からの友達だ。

 当然、俺も面識があるし、その頃は一緒に遊んだりしたことも何度かあったが……なんか、すごく苦手な相手だった。できれば会いたくなかった。

 でも、ぶっちゃけ今だけは来てくれて助かった。

「ちょっとひなた、なんで制服着てるの? シャワー浴びたんじゃないの?」

 大きな声がさらに飛んでくる。

「えー、楽でいいじゃん。服、考えるのめんどくさかったんだもん」

 ひなたは答えると俺の方に向き直り、

「ごめん、ちょっとだけ待ってて」

 と改めて俺の目を見て言った。

「だったら言ってよー、あたしも揃えたのにー」

「別に気にしなくていいって。可愛いじゃん」

 ぶうぶうと文句を言うユウカをなだめるため、ひなたがその場から少し離れた。

 その瞬間を見計らい、俺はドアへと走った。

「あ、ちょっと!」

 ひなたの制止に耳を貸さず、「あれって、もしかしてワダッチ?」というユウカの声にも振り返らず、俺は急いでドアを開け、奥に滑り込んだ。

 エレベーターの『上り』のボタンを連打し、開いた扉の中へ。

 ひなたが追いかけてくる気配もあったが、その前に扉が閉まった。上階へと動きだす。

 ほっと胸を撫で下ろすも、鼓動がどくどくとうるさかった。

 何なんだよ。凶悪なモンスターと対峙したわけでもあるまいに。

 ──どうして逃げてんだよ、俺。

「いや、逃げたわけじゃねえし……」

 ふと脳裏に浮かんだ問いに、すぐさま反論する。

 自室に戻ってすぐ、転移石が光り出した。

 ほら見ろ。もう少し遅かったら危なかった。ひなたたちの前で転移するところだったぜ。

 なんとか女神様との約束を守り、俺は無事に異世界へ行ける。

 あいつらには不審がられたかもしれないが、それは構わない。

 現実なんてどうでもいいから。

 ひなたが俺に訊きたいこと? そんなこともどうだっていい。俺から話すことも、訊きたいこともない。

 それより、今は異世界の方が大事だ。

 向こうは向こうで、きっと騒動になってる。それは望むところだ。

 俺は凶悪なモンスターを倒し、世界の危機を救った勇者として称えられるかもしれない。

 もしかしたらアギーも認識を改めるかもしれない。そして今までのお詫びとか何とか口実をつけて、俺をデートに誘ったりして……!?

 やっべ、テンション上がってきた! くうう!

 仮にそうなったら、クソな現実なんてマジでいらねえ!

 俺はニヤニヤが止まらない顔で、いつものめまいに襲われた。

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