第五章 お約束?(1)
異世界を救う死闘の余韻が冷めやらぬなか、俺は現実世界での日常を過ごした。学校で授業を受けている最中でも、思わずにやにやが込み上げてきた。
ガドッシュの刃で敵を斬る感覚。反則的な破壊力の魔法を放った感覚。ゲームなどでは味わえない、命を懸けて手にした大勝利の感覚。すべて自分が実際に体感したものだ。
その喜びを的確に言葉にすることはできない。
ごちゃごちゃといろいろ想定外のことがあり絶望したものの、ちゃんと良い思いができたわけだ。あの戦いを誰かが見ている可能性は低いが、もしかしたら、ということもあり得る。噂が噂を呼び、俺の勇者としての活躍が、コリンさんや理事長、アギーや学園のクラスメイトたちの耳に入ったら──。
その時のみんなの顔が見ものだ。
想像するだけでわくわくして、常にテンションは上々。再度異世界に転移する日が待ちきれず、普段はしない散歩をしたり、そのままジョギングなんかしたり。異世界では余裕で突っ走れる距離を走り切れず、息をきらして汗だくで座り込み、情けない体だと嘆きつつも、幸せを感じていた。
完全に調子に乗り、油断していた。
ついに訪れた転移の日。
日曜日で学校は休みだった。
俺は例のごとく待ちきれず、散歩をして気を紛らわせて、転移の三十分前くらいにマンションに帰ってきた。
そこで、ひなたにばったり遭遇してしまった。
ひなたは学校の制服姿で、エントランスのガラス製のドアの前にある花壇の縁に腰かけていた。
「あ……」
こちらの姿を見つけ、とっさに、という感じで立ち上がる。何年ぶりかで、目と目が合う。
俺は反射的に「なん、で……」と呟いていた。
なんでこんな時に、このタイミングでこいつと遭ってしまうのだ。そりゃあ同じマンションに住んでいるんだから、見かけることは何度かあった。だが顔を合わせないように気をつけてきた。なんで今日はそれを怠ってしまったのか、という意味も込めた呟きだった。
理由は明白だが、そう嘆かずにはいられなかった。
「えっと……今日は部活が早く終わったから、これから遊びに行くんだけど……」
呟きは聞こえていたらしい。だがひなたはその意味を勘違いしたらしく、ぎこちない感じでそう答えた。
動かず、そこに立ったまま。そのせいでドアの前が塞がっている。
じゃあ早く遊びにいけよ。ここで何してんだよ。
そんなツッコミも、声にならない。
ひなたは言葉を探すように落ち着きなくもじもじしている。
俺は自分がこのうえなく動揺していることに戸惑っていた。
比較するのならば、アギーの方が美人だし、会話していて気難しさに苦しむ。威圧感でいえば理事長の方がもちろん何倍も上だ。
でも俺は、ただの人間で、もと幼馴染みのこいつと対峙している今の方が動揺している。
軽くパニックだ。なんでだよ。
何を話していいかわからないし、むしろ何か話をしたいわけでもない。転移の時間もあるし、さっさと部屋に帰りたい。
だが彼女はそのドアの前から動かない。俺たちが住むマンションは自動ドアなんて気の利いたものはなく、棒状のノブがついた手動のドア。その状況では、横からサッとかわして中に入ることはできない。
ひなたが口を開く。
「ひさしぶり、だね。同じとこ住んでるのに」
「う、うん……」
気まずい。
気まずい、気まずい気まずい。
すると、ひなたは言いづらそうな感じで「うーん、どうしよう」と何か迷っている感じでつぶやく。そして意を決したように俺を見つめる。子どもの頃によく向けられた、まっすぐな目。
「えっとね……ずっと前から訊きたかったんだけど──」
「え……」
どうしてかわからないが、なんとなく、ひなたが尋ねようとしていることに、軽い恐怖を覚えた。俺の中の世界が、何かに飲み込まれてしまうような、巨大な津波が迫ってくるような予感がして、息を呑んだ。
その時だった。
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