(17)


「……ですか」

 ガドはそれだけ言って作業を再開した。

 やり取り一つ一つがひやひやする。

 誰かに話しかけられた時、ガドには最低限の会話しかさせないようにしている。まともに話をさせたらすぐにボロが出そうだからだ。

「まだちょっと慣れないみたいなんすよ。もう少し続けたら、ある程度掘れるようになると思うんで、そこはなんとか働かせてやってほしいんすけど」

 俺が頼むと、

「もちろんそのつもりよ。お前がそのぶん掘ってくれんなら、こっちは三人でも四人でも、面倒見てやるぜ」

 親方は冗談っぽく言いながら、俺の肩を大きな毛むくじゃらの手でバシバシと叩いた。

 前回の仕事ぶりが評価されたからか、親方はだいぶ優しく、親しげになった。おかげで俺も話しやすい。

「おいこら低能種族、勇者様に触るなです」

 その瞬間、ガドがツルハシの手を止め、指先をぴんと伸ばした。

 赤いその目がヤバい光を帯びている。

「こらこらこら、失礼なことを言うんじゃねえよ!」

 慌ててそんな相棒をなだめつつ、恐るおそる親方の方を向くと、

「がっはっは! 威勢だけは良いな、新入り。オレの若い頃みてえだ」

 さほど気に障った様子はなく、豪快に笑っていた。話によると、親方は今の奥さんと結婚するためにその父親と取っ組み合いの喧嘩をしたこともあるらしく、かなりトンガっていたようだ。

 とても心臓に悪い数時間だったが、なんとか無事に仕事は終わった。


「そういえば、この採石場の外ってどうなってるんすか?」

 仕事が終わって後かたづけをしている時、親方に尋ねてみた。

 実のところ、俺は惑星ハトラに来ているというのに、この採石場の中の風景しか知らないのだ。ここに来るには、サームタワーをのぼった先にある中継所から専用の宇宙船に乗ってハトラまで飛び、ハトラにも設けられているタワーを使って着陸、その後でテレポートして現場へ、という道程を踏む。どうしてそんな回りくどいことをするかといえば、前に親方が説明してくれたとおり。マナの消費量、運搬できる人員と物資量、移動時間などを総合的に計算して、それが最も効率のよい方法だったらしい。

 おかげでろくに外を見る暇がなく、重力負荷が増すという現象でしか、別の惑星にいるという実感が持てないのだった。

「ん……そういえば小僧にはまだ見せてなかったな」

 親方は汗をふき、大きく息を吐いて言った。

「見れるんすか、外?」

「おうよ。ハトラの『アイザ地域』の風景といえば、人生で一度は見てみたい風景ってことで、そこそこ有名なんだぜ。新人には、時間を見つけて必ず見せてやるようにしてんだ」

 話を聞いてはじめて知ったが、ハトラには魔鉱山(マセキが採れる山のこと)が複数あるらしい。俺たちがいるのはそのうちの一つというわけで、アイザ地域と呼ばれる所にある魔鉱山なのだとか。その地域名から『アイザ魔鉱山』と名付けられている。

「……だが悪いな。今日はもう時間だし、みんな疲れ気味だ。どういうわけかオレも、いつもより一段としんどいぜ」

 親方はもう一度大きく息を吐き、肩をだらりと下げた。本当に疲れているようだ。

 周りを見ると、他の先輩たちも動きが悪い。人によっては、スコップを杖がわりにしたり、四つん這いで歩いたりしている。

 重力負荷の大きさは前回と変わりないように感じるが、どうしたんだろう?

「ハトラ観光は明日にしようぜ。小僧、出番だったよな?」

「はい、もちろんいいっすよ」

 今日と明日は学園が休み。ありがたいことにこの世界でも曜日の感覚は一緒で、土曜と日曜は休日なのだ。

 平日は学業で休日は採石作業をしてるなんて……いったいどんな勇者だ。

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