(8)
ゴンドラは機械音と共に、ぐんぐん上昇していく。
仕事のメンバーは全部で二十人ほど。わいわいと話をしていたり、備え付けのベンチに座って居眠りしていたりと、思い思いに過ごしている。もっぱら獣人族や、魔人族、竜人族、どれともつかない亜人族などだ。皆が筋骨隆々で、全体的にでかい。
明らかに場違いな目で見られていると感じたため、俺は一人で隅っこにある窓から外の風景を眺めていた。
現実世界で普通に生きているだけでは絶対に拝めないだろう景色が見えた。
「すっげえ……」
思わず声を漏らした。
宇宙だ。
茫漠な闇の世界。大気を通さなければ星は輝かないというのは聞いたことがあるが、本当に真っ暗な、のっぺりとした空間が広がっている。
対照的に、宇宙から見た惑星サームは鮮やかだった。残念ながら全体的に雲が多くて、ネウトラ以外の風景はよくわからなかったが、それでも充分に綺麗で、俺は溜息を吐いた。
地球を青い星と呼ぶなら、サームはオレンジ色の星なのだった。
「おい小僧、こんな景色が珍しいんか?」
すると背後から、でかいウーファーが振動するような低い声がした。
驚いて振り返ると、そこに立っていたのは今回の仕事の現場責任者だった。先輩たちからは『親方』と呼ばれている。
立派なこがね色のたてがみを持つライオン系の獣人族。口を開けば太い牙。両手の指先からは時折ナイフのような爪が現れ、恐怖を覚える。どうしてこれで銃剣法違反にならないのか疑問に思うほどだ。
ムキムキの肉体にぴっちぴちの青いボディスーツ。やや滑稽に見えるが、間違っても笑ったりなんかできない。
「はじめて見たんで……」
緊張しながら答えると、親方は鼻を鳴らした。
「何年同じ景色を見てきたかねえ。今となっては忌々しく思うことはあっても、感動するこたぁねえな」
「は、はあ」
親方というだけあって、この仕事は長いらしい。彼は顔をしかめてあごをさすり、大きな体を屈めて窓の外を眺める。その片目は太い傷で潰れている。
……会話が終わってしまった。
親方はこの場を離れるでもなく、外を見ている。
気まずい。
「サ、サームってどうしてオレンジ色なんすか?」
とりあえず気になったことを質問してみると、
「どんな田舎から来たんだ、小僧。そんなもん、海の色に決まってんだろ」
ぶっきらぼうな感じではあるが、ちゃんと回答があった。
海がオレンジだなんてすげえ。いつか絶対に見に行こう。
なんとなく嬉しい気持ちになり、俺は質問を重ねた。
「ここって宇宙なのに、なんで無重力じゃないんすか?」
「この箱のなか一体に、重力をかける魔法がかかってんだよ」
「なんでわざわざ?」
「その方がいろいろと都合がいいんだとよ」
「ていうか、テレポートがあるのに、どうしてこんな塔が必要なんすか? 宇宙までひとっ飛びすれば早いのに」
「バカか。サームから『ハトラ』までテレポートしたら、どんだけマナを使うと思ってんだ。このエレベーターもマナをいくらか使って駆動してるらしいが、惑星同士のテレポートに比べたら、ハナクソみたいなもんらしいぜ」
「ああ、なるほど」
テレポートは主に転移する距離と転移対象物の体積に対してマナの消費量が変わるらしく、海を越えるだけでも相当のマナを消費するという。そのためテレポートで海外旅行をするのは、そこそこまとまった金がなければできないとか。
こういった知識も、学園の『魔法と倫理』などの授業で少しずつ学んでいる。
「ところで『ハトラ』って、これから行く場所の名前っすか?」
「おう」
「どんなところなんすか?」
尋ねると、親方は牙を剥き出してにやりと笑った。
「行きゃあわかる。言っとくが、ハトラはしんどいぜえ」
その時、他の先輩に呼ばれて、親方はそちらの話に加わってしまった。
俺は一人になり、また窓の外を見つめた。
惑星ハトラ、か。一体どんな所なんだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます