(5)
居場所がなく立っていると、マギパッドから音声が流れ、俺の番号が呼ばれた。パネルの案内に従い、階段を上がって二階へ。
「267番、ワダツヨシ様ですね、どうぞー」
いくつも間仕切りされた対話室のようなものが並ぶ通路を歩いていると、そこで声をかけられた。
その対話室の中、テーブルを挟んだ向かい側に、美人で黒い猫耳(!)の、胸の大きなお姉さんがいた。広いVネックのボディスーツを着ており、鎖骨から谷間の上あたりにかけて、白灰色のふさふさした毛が生え揃っている。ツキノワグマみたいな生え方だ。
獣人族という、人間の体に動物の耳や手、角やしっぽなどが生えている種族だ。
声をかけてきたのは彼女らしい。
高ぶってくるテンションを抑えつつ、手前にある椅子に座り、対面する。
「どうもどうもこんにちは。はじめてのご利用ですよね? 受付の時点でマギパッドからお客様の情報はいくらかいただいておりますので、余計な自己紹介は不要でございます。さてさて、どのようなお仕事に就きたいかは、すでにお決まりですか?」
お姉さんは軽い感じで尋ねた。
「いや……決まってないですけど。そもそも、仕事ってどんなのがあるんですか?」
聞き返すと、お姉さんは「にゃんとっ」と驚いたようなポーズをとった。
「そりゃもう、いろっいろありますよ! ありますけどね、仕事というものはご自身の人生の一部を担う大切なものでございます。お見受けしたところツヨシ様はヒト族のようであられますね。他種族と比較すると、その平均寿命は短めと伺っております……。なればこそ、ご自分の意思に反する仕事をするなんて、言ってしまえば時間の無駄、労力の無駄、人生の無駄、むしろ死んだ方がマシ、くらいの勢いですよね?」
「は、はあ……」
熱がこもったお姉さんの仕事論に圧倒されてしまう俺。
「ただ、お若いですし、まだイマイチご自分の就きたい仕事が見えてこないにゃぁ、という場合もご安心ください。わたしでよければ、ツヨシ様と一緒に、その未来を見つめるお手伝いをいたしますよ!」
「えーっと……」
俺の戸惑いが伝わったのだろうか。お姉さんは苦笑いしながら、やや前のめりだった姿勢を正し、椅子にゆったり背を預けた。
「もちろん、お節介を押しつける気はございません。ご自身の選びたい方法で、選んでいただいて結構です。新着の求人情報は、もうご覧になりましたか? 受付をする際に、自動的に送られるようになっているはずなんですけど……よければざっとご覧になって、お仕事探しのヒントにしてみたらどうでしょう?」
「はあ、そうっすね」
俺は言われたとおりマギパッドを操作する。先ほど出現したパネルの左上あたりにある『新着情報!』というアイコンに触れる。
アイコンは新しい別のパネルを生み、そこには様々な仕事の業務内容、給料、就労時間、勤務地などの情報がずらりと並んでいた。
上から順に読んでみる。
『社名:ドグラ(株) 募集する職種:魔法プログラマー 主な仕事:マギパッド用のゲーム魔法等のプログラミング作業 賃金:400,000G/月 必要な資格:専門学校の修了あるいは自身の技術を証明できる方──(以下略)
社名:草食喫茶HUMHUM 募集する職種:調理師 主な仕事:調理及び接客──(中略)必要な資格:草食系獣人族の女性だけが働くお店です。対象の獣人族女性であればオーケー! ※生草よりも、調理した草を好む方ならなおベター!』
俺は読むのをやめ、顔を上げた。
うん、もういい加減、認めよう。
すぅっと大きく息を吸う。
…………。
「ここ、ただのハロワじゃねえかああ!」
俺は誰にともなくツッコんだ。お姉さんが驚いて椅子からジャンプし、間仕切りの上に器用にしゃがんで、「ふー、ふー!」と猫が警戒するような姿勢になった。
「にゃ、にゃんで急に怒るのですか? わたしの対応が気に入らなかったとか?」
「あ、いや、ごめんなさい……お姉さんが悪いわけじゃないんです」
何が気に入らないかと問われれば、このギルド全体が気に入らない。
お姉さんはキョロキョロと周囲を見回し、そそくさと下に降りて席に戻った。なんだなんだ、と様子を見に来た野次馬たちに適当な言い訳をし、さっさと追い返す。
「もう、脅かさないでくださいよぅ。上司の評価が下がったらどうしてくれるんですか。ただでさえ
改めて落ち着いて向かい合うと、お姉さんに怒られた。にゃあにゃあ言うのって、訛りだったんすね。
「すみません、いろいろと勝手に期待して来たので、ギャップに我慢できなくて……」
ギルドという名称といい、この世界にあって異様な建物といい、淡い期待を抱いていた分、この現実を認めるのに時間を要した。名称が『ネウトラ職業安定所』とかだったら、最初からそのつもりで来たのに。
それらの事情について尋ねると、お姉さんが説明してくれた。
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