(3)


「金がないことを怠惰の言い訳にするな。まっとうに生きたいのなら、社会に価値を提供しろ。きみの場合は学業もあるだろうが、本来の更生プログラムの目的は──」

「今、ギルドって言いました? 言ったっすよね? あるんすか、この世界にギルドが!?」

 ついテンションが上がって前のめりになる俺に対して、コリンさんは引きぎみに答える。

「そ、そんなに興奮することか? まあ働く気があるなら、場所を教えるから行ってみるといい」

「はいはい! はあい!」

 俺のとても良い返事を軽く流し、コリンさんはギルドの位置データを送ってくれた。

 まさか本当にギルドがあるなんて! 

 ようやく、異世界ファンタジーらしくなってきたじゃないか!

 だがさっそく駆け出そうとすると、

「あ、あれ……?」

 体がよろつき、足がもつれ、俺は再び地面に膝をついてしまった。

「当たり前だ。ついさっきまであんなに衰弱していたんだ。すぐ走れるようになるほど回復するわけがないだろう。とりあえずこのヨウガンタツをやるから、空腹はそれでしのいで、今日は体を休めるといい」

 コリンさんはやれやれと息を吐き、内腿のあたりにある隠しポケットから、例の燻製のパックを取り出した。

「いやいや、いいっすよ、そんな」

「遠慮するな。ストックなら、家と職場にあと百パックはある」

 また食べたいとは思えず、手渡されるそれを押し返そうとした時だった。

 唐突に首の転移石が光り、浮かび上がった。

 驚いて身構えるコリンさんの姿が、白黒のモザイクになっていく。いつものめまいが襲って来た。

 そう、今日は現実に戻る日だったのだ。


 ──転移。

 現実世界に戻ると俺の体はさらに動かなくなっていて、病院に送られる羽目になった。

 そして点滴。

 三日間を療養に費やし、メシを食って食って、食いまくって回復。カレーうめぇ。

 そして再び、異世界へ。


「じゃあコリンさん、改めて行ってきます!」

 異世界に転移すると、同じ場所でコリンさんがヨウガンタツをかじりながらあぐらをかいて座っていたので、あいさつした。

「……私は、今この目で見た光景をどう処理してよいかわからないのだが」

 彼女はぽかんとした顔で言った。

「きっかり、十分間だ。まさか本当に、こことは違う世界に行って七十二時間を過ごしてきた、なんて言うわけじゃないだろうな?」

「言っても、どうせ信じないでしょう?」

 俺は皮肉まじりに笑って、その場を後にした。

 つい十分前までへろへろだった奴がいきなり全力で駆け出すところを、コリンさんがどんな顔をして見送ったのかは気になるところだが。

 そんなことよりも、すでに俺の心はギルドにあった。


 『ギルド』

 それは小説の世界でもしばしば登場し、『冒険者ギルド』と呼ばれることもある。

 冒険者たちに仕事を斡旋したり、もしくは支援したりする組織。

 俺の中にあるイメージはそういう感じだ。

 そこは鎧を着た荒くれや軽装のシーフなど、ベテラン冒険者たちが集う場所だ。掲示板には古びた依頼用紙がべたべたと貼られ、その中でも特に茶色く変色しているのは、誰もが無理だとさじを投げた超難関クエスト。そしてそれを、ぽっと出の俺がクリアし、その噂が広がって室内がざわめいて……。

 いやぁ……憧れだよな。

 この世界に冒険者という職業が存在する可能性は低そうだし、討伐すべき危険なモンスターさえいないのかもしれないが……しかしそれでも、ギルドがあるということは、そういう危険が伴なう仕事の依頼なんかもあるはずだ。

 期待していいところだと思う。

 勇者の能力を活かせて、そのうえ収入まで得られるのなら、素晴らしいじゃないか。

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