第三章 勇者で腹は膨れない(1)


「おい、ツヨシ! 目を覚ませ! おい!」

 視界がぼやけ、意識が朦朧とする中、声が聞こえた。張りのある声。おぼろげに見えるのは、赤い髪とむっちりした黒いボディスーツ姿。

 コリンさんだ。

 俺はどうやらうつ伏せで倒れているようだった。起き上がろうにも、腕に力が入らない。

 なんとか口を動かし、発することができたのはその一言。

「た……たべものを……」

 現在、俺は人生初の行き倒れを経験したのだった。


「今はこれしか手持ちがないが……」

 と、コリンさんが口に入れてくれたのはソフトさきいかのような食感の、にが酸っぱい食べ物だった。

「まだあるが、食べるか?」

 俺は力が入らないなりに、こくこくと頷いて意思表示をした。

 普段なら吐き出しそうな不味さだと思うが、今ならもっと食べたい。

 細長いそれを二、三本ほど食べて五分ほど経過すると、視界がはっきりし、体に力が入るようになった。頭や手足の先まで血液が循環しているのをありありと感じる。

 俺は少しばかりふらつきながらも立ち上がり、コリンさんに礼を言った。

「助かりました。それにしても、変わった味の食べ物っすね……」

 知らずに食べなくていいよう、名前を確認しておかねば。

「回復が早いな。これは私のトレーニング食なのだが、そのせいもあるかもな」

 警察の制服には、隠しポケットがいくつか付いている。コリンさんは大きな胸を寄せて、あばらの辺りにあるそのポケットの一つから、手のひら大の透明なケースを取り出した。

「ひぃっ」

 ケースに入っていたのは、細長く真っ黒い胴に、白んだ目玉を持つ不気味な生物だった。トカゲのような二本の手が生えているところを除けば、タツノオトシゴにそっくり。

 それが四本ほど、メザシのように並んでいる。

「『ヨウガンタツ』の燻製だ。栄養ばつぐん、肉体づくりにもってこいの食料だ。携帯しやすいうえに見た目も可愛い。私の地元ではみんな好んで食べるんだ。何より、美味いからな。きみもそう思わないか?」

 コリンさんはそれをサッと一本取り出し、くわえながら言った。

「え……ええと、コリンさんはどうしてここに?」

 お世辞でも同意しがたいと思い、俺は強引に話題を変えた。

「監視魔法システムがはたらいているのを忘れたのか? 定期連絡がないから駆けつけてみれば、よりによってこんなところで倒れているんだからな。肝を冷やしたぞ」

 コリンさんはケースを胸ポケットに戻し、呆れた様子で腕を組んだ。

「定期連絡……? ああ、そうっすよね、忘れてました」

 周囲を見回すと、そこは学園から二、三キロ離れた場所にある、巨大な公営墓地に隣する道だった。青々とした垣根の奥には外人墓地のような光景が広がっていて、様々な色、形の墓石がびっしりと並んでいる。

 めったに人が歩かない通りなので、コリンさんが来なければどうなっていたかわからない。

 定期連絡は、更生プログラムで出所するにあたり取り決められた規則のうちの一つで、七十二時間ごとに世界から消失するという俺の特性に対しての、特例措置のようなものだ。

 消失する一時間前までに、マギパッドを使って『これから十分間消失します』という自己申告をしなければ、俺に対する監視魔法システムが異常事態と認識し、こうしてコリンさんが駆けつける。

「気をつけろよ。今回は体調の問題だから大目に見るが、定期連絡が滞ることは本来、規則違反だ。きみはまだ囚人なんだからな。忘れた、では済まないぞ」

 コリンさんはマギパッド本体に指を滑らせ、その手にSFチックな銀色の片手銃を出現させた。同時に、赤や青、緑、黄などの色がついた小さなパネルの数々が、空中に出現する。

「私はいつだって、きみを刑務所に戻す準備ができてる。それだけは忘れるな」

 彼女はその銃口を俺に向け、鋭く見据えた。

「は、はい」

 俺は背筋が寒くなるのを感じた。

 コリンさんによると、それは『マギパッド・モデルB』と呼ばれるデバイスで、ネウトラの警察官用に作られた特別製らしい。犯罪者の身柄を拘束するために特化したもので、必要な魔法使用にかかる時間が通常より何倍も速く、一般人では使えない魔法の数々が組み込まれているのだとか。

 更生プログラムの対象者である俺の場合、すでにこちらのマギパッドにもいろいろとプログラムされているらしく、どう足掻いてもコンマ秒レベルで簡単に無力化され、床に這いつくばる羽目になるという。

 そうなったら最後だ。

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