(23)


 するとガドは、きょとんとした反応を見せ、自分の手や体を見下ろした。

「ああ、これですか? やだなぁ、血じゃないですよ」

「え、そうなの?」

 俺は近寄り、その姿をまじまじと見つめる。

「野菜を切っていたのです。料理をしようと思ってですね」

「野菜?」

 よく見えないので、今さらながら部屋の照明を点ける。マギパッドの操作でちょちょいとできるのだ。

 明るくなった室内。キッチンの調理台の上に、ごろりと転がるトマトのような野菜が六個。真っ赤なそれらのいくつかは、赤々とした果汁をびっしゃあ、と広げていた。ちなみに、この部屋にまな板なんてものはない。直置きだ。

「……び、びっくりさせんなよ。っていうか、なんで料理?」

「やることがなくて外を散策していたら、これが生えていたので。勇者様にサラダでもと思ってですね」

 どうやら昨日の晩メシ時の『料理も作ってみたい』という俺の言葉が、頭に残っていたらしい。

「ま、まあ、わかった。とりあえずさっさと終わらせて、シャワー浴びてこいよ」

 その血化粧のままだと、ぞっとしないからな。

「はい!」

 ガドは、にこやかに手刀でトマトもどきをカットする。指先が一瞬だけ青い刃のようになり、切り口は綺麗。だが本家を凌駕するほどの果汁はどうしようもなく、ぶちゅっぶぴゅるっ、と返り血──もとい返り汁を浴びていた。

 サラダより、ジュースや血のり向きの野菜だな……。


 ガドはトマトもどきを調理(?)し終え、シャワーを浴びに行った。その間に俺はマギストアで買い物をする。このままではまともな晩メシにはなりそうにないからな。

 というか、あのトマトもどきは食えるのだろうか? ガドのやつ、いったいどこから採取して来たのやら。

「うわ……野菜、めちゃくちゃ高いじゃん」

 便利すぎてつい活用してしまうのだが、マギストアは全体的に金額が高い。手数料などが付加されるからだ。

 更生プログラムによる財団からの援助金はさほど多くない。いろいろ出費があるだろうし、今のうちから財布の紐は締めていかねば……。

 ちなみにこの世界におけるすべての取引は『SUG《サーム・ユニバーサル・ゴールド》』というもので行われる。それは『サーム共通魔法通貨』のことで、サーム内ならどこでも使える実体のないこの世界の共通通貨で、いわば仮想通貨だ。単位は『G《ゴールド》』。慣れればどうということもなさそうだが、現実世界から来ている身とすれば、現金がないのは落ち着かないな。

「勇者様ー。すみません、ちょっと手を貸して欲しいのですー」

 ガドの声が聞こえた。

 どうしたのかと振り返ると、バスルームのドアを開け、身に着けているコートとブーツまでびちゃびちゃにしたガドが出てきた。なんと服を着たままシャワーを浴びたようだ。

「お前、濡れたまま部屋に入ってくんなよ! ていうか何でコート着たまま……」

 注意している途中で、バスタオルがないことに気づく。マギストアで何か売ってないだろうか。

 するとガドがムッとした様子で、濡れそぼったコートとブーツを指差した。

「赤いのを洗い流すため、仕方なくこのまま水を浴びたのです。それより、人間の服みたいに言わないで欲しいです。これはボクの鞘が、この姿に合わせて変化したものなのです」

 確かに、赤い汁はきれいに落ちている。

「えっ、鞘なの? それが?」

 どう見ても革のコートとブーツだが、ガドがそう主張するのであれば、そういうことなのだろう。

「はい。なので手を貸して欲しいのです。剣は自らの力で鞘から抜けることはできないですので。もちろん、その逆も」

「ふうん?」

 何言ってんだ、こいつ?

「だから、抜いて欲しいのです。勇者様に」

 ガドは俺に近寄り、無邪気に、何気ない感じで頼んでくる。

「まあ別にいいけど」

 俺も、何気なく答える。

 で、答えてからの……シンキングタイム。

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