(18)


 しばらくして落ち着きを取り戻したものの、魔剣呼ばわりされたのがショックだったのか、ガドは自分が聖剣であることをしつこく主張し続けた。

「聖剣は神々が創造した神器です。魔剣は呪いがかかっているだけのナマクラ。根本が違うのです」

 そういう問題ではないような気はするが、とりあえずみんなを斬りに行くのは断念してくれたようなので、ひとまず安心して聞き流す。

「それより、『この世界には危機と呼べるものがない』という話ですが、信用に足るのですか?」

 ガドはキッチン台に背を預けて座っている。イラついているのか、片膝を立てて微かに貧乏ゆすりをしていた。どことなくやさぐれた雰囲気が漂う。

 ああ、出会った頃のガドが遠のいていく……。

「一応、信用できそうな相手から聞いたんだけどな」

 アッシュさんや理事長など、社会的地位のある人たちが声をそろえて言うのだから、間違いないと思うが。

「生半可な権力者の中にこそ敵は潜んでいるものです。連中は情報を巧みに操作し、平然と偽り、自分たちに不利となるようなことは、決して勇者様に伝えないはずです」

「なるほど。敵、だとすればな」

 敵だったら、そもそも刑務所から出してくれないと思うが。

「じゃあ、誰に訊けばいいんだよ?」

「探すのです。信用に足る人物を。そして我々の仲間にするのです。そのため旅に出るのも良いと思うです。明日にでも」

 旅、か。

「まあ、そうしたいのは俺もだけどさ、学校あるし、長期で不在にするのはちょっと……」

 俺が言うと、ガドは声を荒げた。

「がっこう!? 勇者様はボクと世界を救うことより、そんなものを選ぶのですか?」

「だからさっき説明したじゃん。あと二年通学して卒業できたら勇者として理事長に信用してもらえるんだよ。逆に、それができなきゃ刑務所に戻る決まりなんだ」

「……」

 ガドは不服そうな顔で押し黙った。

 しょうがないだろう。この世界のことを何も知らない俺が、学園に通わずして卒業しようだなんて無理な話だからな。

「だから旅に出るのはもうちょっと先にしようぜ。その代わりと言ってはなんだけど、明日もっと情報収集してくるからさ、とりあえず辛抱してくれよ」

 いったい誰から情報収集するって? という反問がすぐ脳裏に浮かんだものの、ガドのふくれ面を直すためにはそう言うしかない気がした。

 本音を言えば俺だって、ガドと同じ気持ちなのだ。この世界に来たのは、犯罪者になるためでもないし、学生になるためでもない。ガドと共にこの世界を救うために来たのだ。

 魔王やら悪の組織やらがどこかに隠れているというなら、当然そいつを暴き出したいさ。

「でも今日はひとまず、メシ食って寝ようぜ」

 現在食料は何もないが、マギストアにアクセスすれば何かしら購入できる。今日はいろいろあって疲れたので、外に出なくて済むのはうれしい。

「ボクはいらないです。剣なので」

「ああ、そうか。じゃあ俺の分だけでいいのか」

 経済的には助かるが、なんだか寂しい感じがする。

「何食べようかな。キッチンもあるし、この機会に料理もしてみたいな。でもまあ、今日はやめとくか」

 マギパッドを操作し、マギストアを閲覧。眼前に広がる商品画像に目移りしつつ、一人ぶつぶつと呟く。

 迷いに迷った結果、『カロリブラック』とかいう安いエナジーバーのようなものを数本買って食べた。刑務所での食事はそういった固形食品ばかりだったので、多少その食生活に慣れていたし、どうせきちんとした異世界料理を食べるなら、最初は現地のレストランとか、酒場みたいなところで味わいたい。

 冒険者ギルドに酒場が併設されている設定の小説がある。

 荒くれが集う酒場で、木造の店内で、ブロンド髪の女性店員がいて。木で作られたジョッキで仲間と乾杯し、現実世界では味わえない肉料理とかをほおばりながら、その日の冒険の成果などについて語り合う。

 憧れだよな。

 しかしどうだろう。この世界にそんなレトロな酒場があるとは思えないし、まして冒険者ギルドなんて……。

「いや、諦めてなるものか。ギルドはともかく、酒場くらいは探し出してやる」

 もそもそとカロリブロックをほおばりながら、俺は決意した。しっとりしたクッキーみたいでなかなかうまい。味はキャラメルっぽい感じだ。

 そんな俺を見ながら、ガドが溜息まじりに呟いた。

「いつになったら、ボクを使ってもらえる日が来るんですかねぇ……」

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