(15)
沈んだ気持ちでアパートに辿りついた時、空は夕焼けに染まっていた。途中で何か家具でも買おうかと思ったが、やはりそんな気分にはなれずやめた。ちゃんとした布団くらいは欲しいが、今日はまだ寝ぶくろで我慢しよう。
階段をだらだらと上がり、部屋のドアに鍵を挿し込んではじめて、施錠されていないことに気づく。今朝は慌てていたから、閉め忘れてしまったようだ。
「まあ……盗まれるものなんてないし、誰も入らないだろ。こんな部屋」
鍵はノンブル式のしっかりした形状で、ドアは手動だ。コリンさんいわく、ネウトラ国内でも数えるほどしかないレトロな施錠システムらしいが、俺はこっちの方が落ち着く。
中に入ると部屋は相変わらず閑散としていて、室内の様子は朝のまま……
……のはずだったのだが。
入ってすぐ右手にあるカウンターキッチンの横。俺が脱ぎ捨てたグレーの寝ぶくろを下敷きにして、十二、三歳くらいの幼い女の子が眠っていた。
窓から差す夕日に照らされた穏やかな寝顔は芸術作品みたいに整っていて、息を呑むほど美しかった。
澄みきった空のような、鮮やかなスカイブルーの長髪を一本に結い、妙に味わいのあるブラウンのコートを身にまとっている。耳にはシルバーの大きなピアス。
「え……どなた? どこの子?」
まったく見覚えのない顔だった。部屋を間違えて来てしまったのだろうか? 俺の方が間違えたってことはないよな?
するとその子がゆっくりと目を開けた。虹彩が赤く輝き、宝石みたいだった。
「あ、えーっと、ここ俺の部屋……なんだけど」
どう接してよいかわからずにうろたえていると、その子は飛び起き、あろうことか突然、俺に抱き着いてきた。
「勇者様ぁ!」
「う、うおっ」
幼女にハグをされた経験など皆無なので非常にドギマギしたが、そんなことより。
この子、今、何て言った?
俺を勇者扱いするやつといえば、一人しか思い浮かばないが……。
「お前、まさか?」
すると幼女は涙目で俺を見上げた。か、かわいいが、しかし──
「そうです! 聖二十二剣が一刃、ガドッシュです!」
「ええっ!? マジでガドッシュなのか?」
「はい、正真正銘、ガドッシュです!」
なんとその幼女は、再会まで十年以上かかると言われていた俺の相棒だった。
「でもその格好は何だよ? 擬人化? どうやって警察署から出てきたんだよ?」
「あそこはひどい所だったです……」
ガドッシュは俺から体を離し、涙をぬぐった。
ずっと警察署の押収品保管庫に閉じ込められていたガドッシュは、ただじっと、俺の迎えを待っていたという。鞘に納まった状態では、そうするしかないと思っていたのだ。
だがそれは思い込みだった。我慢の限界に達した時、ガドッシュは突然、隠された能力に目覚めた。人間の姿になって動けるようになり、自力で保管庫を脱出したのだ。
「こんな能力があるなんて知りませんでした。たぶん、敵方にボクたち聖剣が盗まれた場合を想定し、打開策として授けられていた力だと思うです」
緊急回避的な能力ということだろう。
「たぶんって……女神様とか、先輩の聖剣とかに教えてもらわなかったのか?」
「ボクたち聖剣は、『能力とは自分自身で気づくものである』と神々から教えられてきたのです。だからきっと先輩たちも知らないです。それはつまり長い神界の歴史の中で、ボクが『はじめて敵の手に渡ってしまった聖剣』だということを意味するです。……屈辱です」
「過去の勇者たちは、ちゃんと聖剣を守ることができたってわけか……」
ちくしょう。だってしょうがないじゃないか。あの場面では誰だって、俺と同じ行動を取るに決まってる。そうだ、たまたま俺がツイてなかっただけだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます