(14)


 怒らせてしまったかと心配したが、アギーはその後も案内を続けてくれた。

 最終的に一階に戻り、職員室のさらに奥にある資料室や学長室、理事長室を見た。

「そういえば俺のことって、アッシュさんから何も聞いてなかったのか?」

 『学長室』と記されているだけで他と見分けがつかない白いドア。その前を通った際に、俺は尋ねた。

「転入生が来るからよろしく頼むって言われただけよ。他には何も。おじい様のことだから、何か理由があって、あえていろいろと伏せてたんでしょうけど」

 アギーは嘆息まじりに答えた。

 そう言われてみるとアッシュさんは、俺の不法侵入先が孫娘の家だという話は一切しなかった。肉親だし、その事実を知らなかったはずはないと思うが……だとすればそのうえで、アギーと俺を引き合わせようとしたってことになるのか?

 どうしてだろう。レニフィラ家のポリシー? それとも理事長が前にちらりと話していた、アッシュさんの研究のため?

 まあ考えても仕方がないかな。 

「なあ、もしかしてきみの気が変わったのって、アッシュさんに頼まれたからっていうのもあるのか? だとしたら──」

 ──だとしたらアッシュさんには頭が上がらないなあ。

 俺はそんな台詞を何気なく口にしようとした。案内が終わる頃だということもあり、少し緊張の糸がゆるんでいたのだ。

「うん、決めたわ」

 アギーがふいに立ち止まった。

「決めたって、何を?」

「今日あなたと話してみて、やっぱり私、あなたのこと嫌いだと思ったの」

 彼女は俺を見つめ、さらりとそう告げた。

「……え?」

「レニフィラ家の一員として、困っている他種族には手助けをするし、あなたをその対象に含むのは構わないけれど、それ以外の付き合いはしたくないわ。もしもあなたが友だちを欲しいと思うなら、あなたなりに地道に信用を積んで、好きな相手と関係を構築すればいいわ。悪いけど、私は嫌よ」

「ちょ、ちょっと待てよ。俺、何か今、悪いこと言った?」

 面と向かって嫌いだと言われたことなんて生まれてはじめてで、俺は戸惑った。

 アギーは呆れたように肩をすくめる。

「ほらね、無自覚だし。……もう案内も終わったし、帰るわ。もししつこく付いて来たらまた通報しなきゃならないから、やめてよね」

 彼女はくるりと背を向け歩いて行く。俺はショックで閉口したまま、それを見送ることしかできなかった。

 すると彼女が途中で振り返った。

「あのね、アッシュおじい様に何と言われようと、私には関係ないわ。私は自分で考え自分で決断して、あなたの案内役を買って出たのよ。見くびらないで」

 そしてそれだけ言い残し、足早に去っていった。

 俺は呆然とその場に立ち尽くした。

 気づけばそこは職員室の前だったらしく、中からトパ・オク先生が出てきた。

「事情はよくわかりましぇんが……失敗と修正でしゅよ、ツヨシ君」

 先生は、ひた……、と吸盤だらけの手を俺の肩に置き、励ますようにそう言った。

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