(12)


「きっと信じられないでしょうけど、落ち着いて、気をしっかり冷静に保って、聞いて」

 そう言う顔はとても真剣に見えた。

 彼女は何を話そうというのだろう。俺はごくりとつばを呑んだ。

「あなたは……おそらくヒト族が住む集落で、マギ開発実験の実験台にされたのよ」

「…………は?」

 首を傾げる俺をよそに、彼女は続けた。

「たぶん彼らの目的は、マギストアに人体ごとハッキングする技術だったのよ。そして実験がバレた時のためのリスクヘッジとして、禁断の洗脳魔法をあなたに施し記憶を書き換えたのね。あなたに変な格好をさせて『異世界から来た勇者だ』なんて言わせておけば、頭がおかしい人だと思われることはあっても、真実は追及されないでしょうからね……」

「…………は?」

 ふざけているのかと思ったが、彼女にそんな様子はない。「かわいそうに……」なんて呟いてるし。

 何それ、本格SFの世界? 叙述トリック? どんでん返し?

 いやいや、あり得ないし。

 だがアギーの長い説明は続いた。

 空飛ぶスピーカーであるピクシー族のピロロは、俺の『本心からくる』言葉に感動し、昼休みのうちにアギーの誤解を解こうと涙ながらに頑張ってくれたらしい。

 だがいかんせんピロロの話をアギーは信用できない。理由は先の説明の通りだ。

 しかしどう考えても作り話としか思えないその荒唐無稽なストーリーを、俺が、ピロロの能力により証明された。

 ではなぜそんな食い違いが起きるのかとアギーは真剣に考え、行き着いた結論が先ほどの洗脳説らしい。

 彼女が言うには、俺は水の国『レタ』に存在するヒト族の集落の生まれで、実験のモルモットにされたあげく、もろもろの違法行為の発覚リスクを排除すべく洗脳され、それを事実であると思い込まされているイタい奴──もとい、被害者。

「本当のあなたは、たぶんそんな感じよ」

 んな馬鹿な。

 たぶんそんな感じって何だよ?

 水かきなどのヒト族の特徴が俺に備わっていないのも実験による副作用ではないかと、アギーは勝手に推察していた。

 ヒト族は医学やマギ開発に長けている種族として有名だが、一方で他種族の間では、その功績の裏側にそういった闇が潜んでいるのではないか、という噂が広まっているらしい。

「ヒト族なんて俺には関係ないし、実験台にもなってないんだけど……」

 何度か否定してみたのだが。

「無理もないわよね。あなたにとっては、まだそれが事実だものね。……でも、いつかきっと気づく日がくるわ」

 たわけたことを言って彼女は聞く耳を持たない。

 何だろうこの気持ち。

 ものすごく暴力に訴えたい。

 ……いや、ここは我慢だ。別の誤解が生まれてしまったのは嫌だが、その代わりにアギーという話し相手ができたことになる。これは大きいぞ。

 他人の話を聞かないところが玉にきずだが、美少女エルフだし、学園での人気もあるし、差し引きで大幅のプラスだ。彼女と仲良くできたら、もうこの異世界で孤独に苦しむことはなくなるだろう。

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