(11)
一、二年生の教室をとばし、十階と十一階を見て歩いた。十階にはマギ実験室や技術室、音楽室などの特別教室が並んでおり、十一階には個人病院みたいな規模の保健室もあった。種族の異なる保健医(みんなちゃんとした医者らしい)が常駐していた。
各部屋では生徒たちが課外活動をしていて、人間が一人もいないことを除けば、現実世界の放課後の雰囲気に近かった。
「……で、さっきの話なんだけど。つまりその……きみは俺のことを許してくれたってことなのか?」
無機質なスライドドアが並ぶ廊下を歩きながらアギーに尋ねた。
本当は事故で誤解だから、『許す』というのもおかしいのだが……話がこじれたら嫌なので、とりあえずここは譲歩して、そういうことにする。
「アギーって呼んでいいわ」
彼女はすれ違う顔見知りらしい生徒たちに「また今度ねー」なんて手を振りつつ、そう言った。
どうやら彼女は学園の有名人らしい。そりゃあ学長の孫娘だし、改めて見ても飛び抜けて美少女エルフだし、当然といえば当然か。俺がそんな女子と一対一で話をするなんて、現実世界では到底あり得ないな。
「あ、あぎぃ……それで、その、どうなんだよ?」
名前の呼び方がぎこちなくなるのも仕方があるまい。
アギーは溜息をついた。
「まあ言っちゃえば……ピロロから話を聞いたのよ」
「えっマジで?」
驚いた。つまりそれは、ピロロが俺のことをアギーに伝え、うまく説得してくれたということに他ならない。
なんだ、やることやってくれてんじゃん! ありがとうピロロ。この恩は、いつの日か必ず返すよ!
心の中で親切な妖精さんに感謝をささげていると、アギーが再び溜息をつき、憐れむような目で俺を見た。
「……一応、教えておくけど、ピクシー族に嘘を見抜く能力はないのよ? わかるのは『相手が本気で話しているかどうか』だけ。ピロロはそれをずっと勘違いしているの。えっと、わかってる?」
え……?
「いや、よくわかんないんだけど……」
「説明が下手で悪かったわね。学長の孫なのに」
アギーはわずかに顔を赤らめて言う。気にしているのだろうか。
「いや、そういうことじゃなくて」
「とにかくピロロが話す内容は、額面どおりに受け取っちゃダメなのよ。これ、ピクシー族と会話をする時の常識よ」
「いや、だからちょっと待って。何かいろいろとおかしいって」
俺は立ち止まる。アギーも立ち止まった。
「『常識よ』って言われても、知らないし。というか、ピクシー族って何だよ? ピロロってフェアリー族じゃないの?」
「あなた、そこからもう勘違いしてるの? ピロロはピクシー族よ。ピクシー族はフェアリー族よりもずっとお喋りだし、自分たちも嘘や隠しごとをしないし、それでいて間違った情報でも、話し手が本気で喋っていれば事実だと思い込んじゃうし……。だからピロロとの付き合い方には、きちんと注意を払わなきゃだめなのよ」
「え、ええ?」
アギーの話によると、ピクシー族とフェアリー族を見分けるのは簡単らしい。羽根がトンボみたいなのがピクシー族で、チョウみたいな形ならフェアリー族。
だがそんな知識も今さらだ。
要するに、例えば『自分は神だ』と本気で思っているアホがピロロにそれを話せば、彼女もそれを事実だと信じ、『あいつは神だ!』と吹聴して回るということだ。
で、本人はそれで嘘を見抜けているつもりになっているんだと。
『本当の言葉を見極める能力』とは、そういうことだったらしい。
アギーは長々と説明した後で、最後に「まあ、でも良い子なのよ?」と付け足し、ピロロのフォローをした……つもりらしいが。それって良い子なのか? 『迷惑な空飛ぶスピーカー』って言ってるようにしか聞こえないんだが。
というか今思い出したけど、アッシュさんも『ピクシー族には気をつけろ』って注意してたじゃん。どうせなら見分け方も一緒に教えてほしかったよ。
ん? だとすれば結局、俺ってどういう扱いになるんだろう? なんでアギーは許してくれたんだ? よくわかんないぞ。
「あなた、本当に何も知らないのね。ピクシー族のことも知らないだなんて……きっと、狭い世界で情報を遮断されて生きてきたからなのよね……」
「?」
俺があれこれ考えている最中、アギーが唐突にそう言った。
「狭い世界っていうか──」
「聞いて」
アギーは俺の言葉をさえぎった。
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