(8)


 ──それは放課後の学校で起きたこと。

 俺は人生初の『呼び出し』を受け、職員室から帰る途中だった。

 近ごろ保健室に行く機会が増えたので、その件で担任が気をもんでいるようだった。

 余計なお世話だ。俺が保健室に行くようになった理由は言うまでもなく三日置きの異世界転移のためだから、詮索されても困る。

 実は、女神様から念を押されていた。現実世界では異世界転移の瞬間を目撃されないよう注意しろ、と。現実世界の秩序が、神の力によって乱れてしまうことを避けたいそうだ。

 まあ、俺はもとよりそのつもりだったが。

 誰かに見つかったとして、うまく説明できるか? 仮に大騒動が起きて、テレビのリポーターから「どこに行ってたんですか」と質問され、「いや、ちょっと異世界まで……」なんて、真面目に答えられるか? ……拷問だよ。悪目立ちが過ぎるぜ。

 そんなわけで、なんとか苦労して担任をごまかし職員室を出たのだが、そのせいで普段より帰る時間が遅くなってしまった。

 結果、会いたくない奴と遭遇した。

 そいつは陸上のユニフォームを着て、俺の進む先の二十メートルくらい前を、陸上部の仲間と一緒にわいわい歩いていた。こちらには気づいていない様子だった。

 日廻ひまわりひなた。

 いわゆる、俺の幼馴染み──だった奴だ。

 髪は短め。背丈は俺よりやや小さくて、全体的にスリム。露出した肩や腕、太もも、健康的な肌がまぶしい。

 そう、女子だ。住んでいるマンションが偶然にも一緒だったために、小学校の頃は仲良くしていた。頻繁に遊んでいた。

 今は疎遠。何の因果か同じ高校に入ってしまったが、顔も合わせず、会話もしない。

 そんなわけで俺は、ひなたたちの姿が見えなくなるまで廊下の隅の柱の陰に隠れ、スマホをいじり時間を潰した。

 なぜ疎遠になったのか、俺にもよくわからない。ケンカしたわけじゃないと思う。何かきっかけがあったはずなんだが、困ったことにそれはわからない。もはや忘れた。

 ……で、気づけば俺たちはいつの間にか会話をしなくなり、時間は何も解決してくれず、むしろ溝をより深くしながら進んでいる。


 ────あれ?

「何考えてんだよ俺。どうでもいいだろ、そんなこと」

 いつの間にか〝異世界逃避ぎみ〟に現実世界のことを考えていた。

 この異世界生活も問題だらけで、頭が痛くなるのだった。

 俺は嘆息しつつ前庭に出て、ぬるい風を浴びながら、誰もいない隅っこへコソコソと移動し、校舎の外壁に寄りかかって腰をおろした。

 広い前庭はこの学園の人気スポットのようで、多くの生徒たちが集まっていた。座って昼食を食べたり、寝転がったり、駆けっこしたりと、それぞれがこの開放的な緑の空間を堪能しているようだった。

 それなのに俺はこんな隅で、せぜこましく、太陽を避ける日陰者みたいに……。

 腰をおろした芝生は小さいシダのような草で覆われ、密度が濃く、ふかふかしてとても気持ちいいのだが、

「はぁ。濡れ衣なのに……本当に俺、何も悪いことしてないのに。ちょっと異世界に来て、はしゃいだだけなのに……どうしてこうなるんだよ……」

 この世界に来て何度目かわからない絶望感に苛まれ、思わず頭を掻きむしった。

 すると。

「ねぇねぇ、濡れ衣ってどういうこと?」

「!?」

 ふいにどこからか女の子の声がした。子供じみた可愛らしい声音だった。

 だが振り返ってみても、壁しかない。

「ここだよー。きみの髪の毛、真っ黒で珍しいよね。固くてちくちくするし」

 再び声がした。声の主は俺の髪に触っているようだ。

 見上げると、そこには手のひらサイズの妖精さんが飛んでいた。

 鮮やかな黄緑色の髪の女の子。俺と同じ紺地に白のボディスーツ(女子はごく短いプリーツスカート的な装飾が付いている)を着ており、すらっとした背中からはトンボに似た形の羽が生えている。

 フェアリー族というやつだろう。小さくてとても可愛らしい。持って帰って家で飼いたいくらいだ。

 ……なんて危険な冗談は置いといて。

 やばいぞ、この子、俺と同じ高等部ってことじゃん。

 今の独り言を聞かれたらしい。つい『異世界』なんて単語を口にしてしまったが……。

「きみ、どこのクラス? 俺の独り言、どこまで聞いてた?」

 恐るおそる、確認のために尋ねてみる。

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