(2)


 つるりと光沢のある銀色の腕輪型の、この世界で魔法を使うための機器。

 この世界で出会った人物全員が身に着けていたそれは、現代の魔法科学技術──通称『魔技マギ』の集大成と言われる代物らしい。

 ボタンのような形のセンサーが二つ付いているだけのシンプルなデザインで、重さはほとんど感じない。

 これもアパートと共に財団から支給されたものだ。購入代金は立て替えで、いずれ返済する決まりになっている。

 現在のサームでは、ほぼどこに行ってもこのマギパッドが必要らしい。金銭の管理に商取引、読書やら何やら、学園の授業までもが、これを使って行われるとか。

 サームでは大国戦争終結以来、『生活魔法』というものが一般化しており、何でもかんでも魔法が使われる傾向にある。その実現を可能にしたのがマギパッドということらしい。

 マギパッドの操作方法も、昨晩必死で読みまくったので、ある程度わかる。こういう時、自分が読書家でよかったと心から思った。

 まあ、とは言っても、さほど操作は難しくない。

 リング表面にあるセンサーの一つに触れると、手元に縦横三十センチ大の半透明のパネルが出現する。メニューパネルと呼ばれるものだ。スマホの画面のように複数のアイコンが平面的に並んでいるが、それらはインストールされているそれぞれの魔法を表している。

 ちなみにメニューパネルの大きさ、アイコンなどの配置などは、自由にカスタマイズできるらしい。

 俺はその中のテレポートのアイコンを、デコピンで弾いた。人と矢印のマークが描かれたそのアイコンは、紙切れのようにふわりと前へ抜け出し、大きく広がって、新たなパネルになる。PCのウインドウが平行に並んでいるような見た目だ。

 開いた新たなパネルには、ネウトラ国内のテレステ名が一覧で連なっている。その隣にはネウトラの地図も表示されている。俺はその中から『私立ネウトラ学園第一校前』を探し出し、ぽんと触れた(本来はデコピンじゃなくてもよいのだ)。

 すると新たに小さいパネルが現れた。魔法使用にかかる料金などが表示された確認画面だ。

 料金はけっこう安い。

 更生プログラムにより最低限の生活資金はいくらか財団からもらっている。期間は半年間だけだし、それほど多くないと思える額だが、少なくとも通学だけでパンクすることはなさそうだ。

 マギパッドは昨日さんざん操作してみたが、それでも実際に魔法を使用するとなるとドキドキする。間違ってテレポートできなかったらどうしよう。時間もないっていうのに。

 前に並んでいる人魚族らしき女性が、すぃーっと流れるような歩みでテレステ内に入る。 

 俺もそれに続いてさっと青色の部屋の中に入り、

「テレポート!」

 と声に出した。

 すると体全体が緑色の光に包まれ、自分の体が風になったかのような一瞬の浮遊感ののちに、目の前の景色が一変、赤い色の部屋になった。

 たったこれだけで、学園の前にある転出口に移動したのだ。

 外に出ると、すぐ近くに白く高い壁がそびえていた。学園の敷地を囲んでいる塀だ。

 ちなみにだが、声に出さずとも魔法を使うことは可能だ。パネル上に魔法の『使用ボタン』が表示されているし、マギパッド本体に付いているセンサーに触れることでも、魔法の使用あるいは中断ができる。

 だが今、俺はそのどちらも選択しなかった。

『剛志は魔法〇〇を唱えた!』みたいな、そういう実感を味わいたかったのだ。

 …………だけど、何か違うんだよなあ。

 超ハイテクな機器に、簡単に使用できる魔法、そして実際に肌で感じたテレポートの体感。どれも素晴らしい。

 確かに素晴らしいよ。

 だが俺の思い描いていたファンタジックな世界のそれではなくて、なんかこう、欲求が満たしきれていない。

 魔法が『テレポート』なんていう用途そのままのネーミングなのは、この際あまり気にしないけどさ。

 俺が求めていたのは、一見して非効率的で、世界の真理や暗黒なる禁忌や森羅万象に働きかけるような長ったらしい呪文の詠唱とか、魔法の杖や魔法剣みたいな媒介とか、そういうものを介して放つような魔法だったんだけどな……。

 そんなもやもやした気持ちを抱いたまま校門へ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る