(20)
「聞こえなかったのかい? この世界に危機はないって言ったんだ」
いやいやいや、そんなまさか。
俺は確認するつもりでアッシュさんを見る。
アッシュさんは目を伏せ、首を横に振った。
「君の気力を削ぐまいと思い、あえて言及しなかったが……理事長の仰る通りだ。私も理事長と共に、世界各国をこの目で見て回って来た経験があるが……君が考えるような危機というものには、思い当たる節がない」
「大国戦争が終わっておよそ三百年かい。なんだかんだとあるが、世界は至って平和だよ」
二人は口をそろえて言う。
かつてはこの世界──サームにも戦争があったらしい。世界は『四大国』と呼ばれる四つの国に分かれていて、それぞれに特定の種族が暮らし、そして国同士でいがみ合い、争っていたという。
それぞれ敵国に対抗すべく、攻撃系魔法などの研究や、
それが終結した後、その過ちを経て、ここネウトラという完全中立国が、四大国の中央に設立され、多種多様な種族が共に生き、魔法を用いた技術開発も進み、現在の世界はとても平和らしい。
……じゃあ俺って、何のためにこの世界に来たの?
「まあ、とは言っても未来のことまではわからん。あたしらの知らないところで、そういった火種がくすぶっていないとも言い切れんしな」
そ、そうだ。女神様がわざわざ俺に嘘をつくとは思えない。
「だが仮にそうだったとしても、それがいつ表面化するかは誰もわからん。あるいは永遠にその時は来ないかもしれんな。あたしらにとってはその方が良いに決まってるが、もしもそうだとしたら、お前さんはどうするつもりだい?」
「えっと……」
どうしたらいいんだろう。農業はじめてスローライフ?
いやいやいや……だったら現実世界で親戚の畑を手伝うわ。
「それも想定して、お前さんにはその意志を別の方法で証明してもらおうと思う。それでいいなら、檻から出すことを認めようかい。逆に言えば、それができなきゃ檻に戻って、また務めを果たしてもらうしかないね」
別の方法? それで俺が勇者だって認めてもらえるのか?
「り、理事長っ。そういうやり方は、法的にちょっと……」
「黙りなアッシュ。これはあたしと坊主の間での取り決めだ。それにあたしだって財団の役員なんだよ。忘れたんじゃないだろうね? あたしが他の連中に声をかければ〝法的に″あんたの決定を覆すことだってできるんだ。どういう意味かわかるね?」
睨まれ、アッシュさんは押し黙る。
「さて、どうする坊主? あたしが提案する方法で己の意志を証明しつつ財団のプログラムを受けるか──あるいはムショに戻るか」
俺にとって選択肢は無いように思うが、その『別の方法』というのが気になる。
念のため尋ねようと口を開くと、
「「「われ願う、宇宙平和を」」」
理事長の腹部にいる『魔の化身』が、唐突に何か言い出した。
パチンッ、と理事長は指を鳴らし、
「よし、威勢がいいじゃないかい! そうさ、ムショなんかに居ても何にもならん。良かったねえアッシュ、無駄足に終わらなくて!」
意気揚々と言う。
「ちょっと待った! 今の返事は俺じゃないから!」
そいつそいつ、と俺は慌てて魔の化身を指差す。
「……ああ、なんだい。じゃあお前さんは、ムショに戻りたいってのかい?」
「いや、刑務所は出たいけど……その別の方法ってのが何なのか、教えてもらいたいんすけど……?」
様子を窺いつつ尋ねると、理事長はつまらなそうに溜息を吐いた。
「まったく冷めるねえ。不確かなものに首を突っ込めない
かちんと来たが、ここはぐっと我慢。
理事長は左目のモノクルを外し、両目をさらにぎらつかせた。
「別の方法──それは、あたしの学園に入学し、卒業することだ!」
…………。
「え?」
俺だけじゃなく、アッシュさんもぽかんとして聞き返した。
「お前さんなら、そうだねえ、高等部ってところか。うむ、高等部を二年間、それでもって現役で卒業しな。世界を救う意気があるんなら、それくらい朝飯前だろう?」
え、何?
俺、異世界に来てまで高校生……いや、高等生やるの?
いわゆる異世界ファンタジーじゃない世界といい、悲惨な刑務所暮らしといい、俺の異世界生活って何かいろいろと違うような……。
もしもこれが小説だったら、俺、ページ閉じてるかも。
────いやいやいやいや、でもこれはリアルに、歴とした俺の人生だし、勇み足ではあったかもしれないが、俺が望んでやって来た異世界なのだ。
……だからもう少し詳しく、学園のことをお尋ねしても、いいっすかね?
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