(17)


 まるで魔の化身だと思った。言葉にできない邪悪な何かを、ひしひしと感じる。

 するとそれが声を発した。聞いたそばから呪われそうな、おぞましい声だった。

「「「われ願う、全種族共生を」」」

 …………ん? 

 今、何て言ったんだ?

「「「われ願う、世界平和を」」」

 ……ちょ、聞いたそばから呪われそうな声で、なんか平和願っちゃってるんですけど!

 『まるで魔の化身』などと表現したこっちが恥ずかしくなるくらい、ホワイトな発言だ。

 何なんだ、こいつ……。実は見た目ほど危険な生物じゃないのかも。

「り、理事長、どうしてここに……」  

 アッシュさんたちは慣れたものなのだろう、化け物の言葉は無視して会話を進めている。

「知ってんだろが、あたしの耳は魔界耳だ。お前さんがこっそり学園を出たっていう噂を聞いたたもんで、様子を見に来たのさ」

 魔界耳……地獄耳よりよく聞こえる耳、という意味だろうか。

 アッシュさんの表情が硬くなる。

「で、お前さんは無断で職場を抜け出して、ここで何をしてるんだい?」

「無断で……?」

 俺が見ると、アッシュさんはそっと目をそらした。さっきまでの威厳はどこに行ったんだろう。なんか急に頼りない感じが……。

「説明を、させてください」

 アッシュさんが言う。

「いらん。尋ねておいて悪いが、実のところ、話はほとんど聞こえてるんだ。どうせその坊主を甘やかすつもりなんだろう? 大方、お前さんが研究してる伝説に関係してるんじゃないかい?」

「な、なぜそれを……。グドル、ですか……?」

 グドルっていうのは、確か所長の名前だ。アッシュさんは恨めしそうにドアの方を睨む。つまり所長がリークしたということなのだろう。

 というか話がよく見えない。伝説って何? アッシュさんの研究? どういうこと?

 質問したいことは多かったが、なかなか二人の会話に入れない。

「あいつの立場にもなってみな。出生も不明の、わけのわからん囚人を外に出して、よしんば傷害事件でも起こしてみなよ。許可した刑務所長はもちろん糾弾されるだろうし、さらに財団の代表自ら至れり尽くせりやってましたなんてことが露呈したら、大問題になるよ。わかってんだろ?」

「それは、わかっていますが……」

 理事長に詰め寄られ、アッシュさんが押し黙る。

「…………」

 え、え、え……何、この流れ? まさか、ちゃぶ台返し? 

 ちょっと待って。もう話は決まってたじゃん。手続きするって言ってたじゃん。俺が傷害事件とか、起こすわけないじゃん。傷つけるとしたら、魔王的な敵と正義の戦いをするだけだよ。

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