(15)


 所長室に通された。いかにも重役が使いそうな広い豪華な部屋で、一面にふかふかの絨毯が敷かれている。

 つやのある濃褐色の壁には、見たことのない柄の国旗らしきものや、鹿っぽい動物の首が飾られている。それは側頭部から悪魔のような羽を、あご下から象のような牙を生やし、紫と黄色の縞模様で、口元は半笑いというまがまがしい姿の動物だった。そのすぐ横に年号と月日が記されたプレートも飾ってあり、「え、何それ本物のハンティング・トロフィー?」と冷や汗をかいてしまう。非常に気色悪い。

 実は所長には一度だけ会ったことがある。数日前、問題児扱いされている俺の顔を見に、自ら懲罰房までやって来たのだ。

 所長は額に一メートル以上の角を持つ巨漢で、見た目ではかなりの年配(俺の感覚で七十代くらい)だが、はつらつとして声がでかい。長い角の先端には小さな帽子のようなものを被せている。カバーらしい。

「来たか」

 所長は俺が入室するなり、でかい椅子から立ち上がると、

「ここで下手な真似はするなよ? 命が惜しければな」

 俺の肩をぽんと叩いて部屋を出てしまった。ドアの上枠に角をぶつけたような、ごりっという音を残して。

 刑務官も退室し、残ったのは俺ともう一人だけ。その人物は所長のデスクの手前にある来賓用の豪勢な二人がけのソファの真ん中に、どっしりと腰かけていた。

 オールバックの白髪頭に白ひげを生やした男性だった。所長と同じくらいの年齢に見えるが、体は引き締まり、肩幅は広く、顔立ちは端正、まなざしはきりりと鋭い。

 髪の合間から尖った耳がのぞいているので、もしかしたらエルフ族かもしれない。

 着ているボディスーツはダークグレーを基調とした厚めのもので、腰当てのようなものが巻かれていたり、バッジのようなものが付いていたりと、ハイグレードな品に見えた。

「座りたまえ」

「は、はい……」

 男性は立ち上がると、向かいの席を示した。所作ひとつひとつに威厳を感じ、俺は緊張しながら腰をおろした。

 男性も座りなおす。

 明らかにお偉いさんのように見えるが、俺に何の用だろう。不安だ。

「きみが、ワダツヨシ君か。私は、アッシュ・レニフィラという者だ。アッシュと呼んでくれて構わん」

 その口調はゆっくりとして、重く感じる。

「は、はぁ……アッシュさん、ですか」

「うむ」

 アッシュさんはうなずき、丁寧に自己紹介した。彼はこのネウトラにある有名な学園の学長を務めているらしい。

「私はそこの学長の他にも、『レニ財団』という名の慈善団体の代表役員も務めている。道を踏み誤り、刑に服することになった若者のための更生プログラムを、国から任されている団体だ」

「更生……プログラム?」

「うむ」

 アッシュさんは静かにうなずき、脚を組んだ。 

「ここの所長とは旧知の仲なのだが……近頃、少しばかり変わった若者が収監されたとこぼしていたのでね」

 つまり俺のことだ。

 アッシュさんは少し気になることがあったらしく、それで直接会いに来たようだ。

「きみのことは所長からある程度聞いているのだが……改めて、きみの話を聞かせてほしいと思ってな」

「いいですけど……俺の話って言われても……」

 いったい何を話せというのか。

 これまでも、いろんな相手に幾度となく身の上を説明してきた。最近では脱獄未遂で騒がれるたびに、消えた理由を「いつものやつです……」と答えるようになり、それで通じるようになってしまったくらいだ。なじみの定食屋かよ。

 正直に話したところで誰も信じてくれないし、信じさせるだけの証拠もないのだ。

 所長だって、まともに聞いてくれたわけではない。困り顔で相づちを打ち、聞き流しているように見えた。

「心配ない。私にはすべてを正直に話して大丈夫だ。むしろそうでなければ、きみを刑務所から出すことができん」

 アッシュさんは真剣な様子で促した。

「そうですか、わかりました」

 仕方ないな。ならばいつも通りに女神様のくだりから……。

 ……ん?

「今、何て? お、俺を出す? 刑務所から?」

 俺は椅子から尻を浮かせ、前のめりで尋ねた。

 アッシュさんは大きくうなずく。

「うむ、出せる。もちろんきみ次第だがな」

 聞き間違いじゃなかった!

 出られるっていうのか? この絶望的な状況から?

 話によれば更生プログラムとは、比較的軽度の罪を犯した若者を、刑期の年数分、魔法による厳重な監視システム下で社会に復帰させるというものらしい。囚人にしっかりと自立してもらい社会貢献のできる存在へと成長させた方が、再犯の防止や刑務所運営維持にかかる膨大な費用削減につながるうえ、社会のため、本人のためにもなるという考えのもとに創設され、成果を上げているプログラムなのだとか。

 その対象候補として、俺に白羽の矢が立ったのだ。

「さぁ、話してくれたまえ。ここを抜け出したければ」

「は、はいぃ!」

 俺は全身全霊をもって、すべてを話した。女神様のくだりから、脱獄未遂の扱いを受けるまで。

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