(14)


 朝だ。

 段々と数えることも嫌になってきたが、今日は直近の転移から三日目。明日の昼ごろにまた現実へ戻るだろう。そして刑期を延ばすためだけに、ふたたびこの世界へやって来る……。

 この不毛なサイクルの中で楽しみなことがあるとすれば、現実に帰って食べる母親のカレーくらい。

 俺は絶望感に打ちひしがれ、ベッドにぐったりと倒れ込んだ。

 駄目だ……俺、もう無理かもしれない。

 心の底からそう思った瞬間。

 不思議なことが起こった。

 体がほのかに黄色の光を帯び、ふわりとした熱に包まれた気がした。

「あ……あれ?」

 そして気づけば俺は立ち上がり、こぶしを強く握っていた。

 何が、起きたんだ?

 光はすぐに消えてしまった。なんというか、何かに背中を押されたというか、奮い立たされたというか、そんな感覚があった。

 これがいわゆる鬱の逆の、躁状態だろうか?

 するとふいに、ある考えが浮かんでしまった。

「いや、そんな……さすがにまずいだろ……」

 だが〝それ″以外に、ここから出る方法はない気がした。


 ……本当に、脱獄してしまえばいい。


 想像し、ごくりとつばを飲む。

 事実、俺ならできると思った。

 懲罰房に入る前の檻の中で試してみたが、この世界での俺の身体能力は本当に高い。

 体は軽いし、動きは速く、力も強い。壁蹴り三段跳びをして、三回宙返りし両脚で着地、なんてことも余裕。

 そしてなんと檻の鉄格子も、腕力だけで曲げることができたのだ。

 問題を起こすのはさすがにまずいと思い、その時はちょっと曲げただけで止めたが……今こそ勇者の力を発揮するタイミングじゃないだろうか?

 生涯追われる身になるかもしれないが、この際、仕方がないんじゃないか?

 鉄格子をねじ曲げ、その先の扉も破壊し、外へ逃げる……。

 そこまでイメージし、深呼吸して、ドキドキしながら鉄格子に触れたその時だった。

 外から足音が聞こえてきた。こちらに向かって来る。

 慌てて鉄格子から手を放し、じっと様子を窺っていると、足音は房の前で止まった。どうやらここに用があるらしい。

 だが何の用だ? 先ほど朝食を終えたばかりで、昼食には早すぎるぞ。

 ごぎぎ、と重い扉が開く。入って来たのは一人の刑務官だった。

「所長室に来い。客人が来ている」

「え?」

 この世界で俺に客? しかも面会室じゃなく所長室? 

 まあ、何にせよ外に出られるのならと思い、俺は従うことにした。

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