(8)


「な、な!?」

 森の広場、木々、草花、小鳥たち──すべてが一瞬で霧散した。

 風景がふっと細かい粒子になり、消え去ったのだ。

 相変わらず警報が鳴っている。

 吹き抜ける風。

 前髪がぶわっとなびく。

 ……俺は呆然と周囲を見回した。

 目の前に広がっていたのは、真っ黒な高層ビルや、キノコ型や螺旋状などの摩訶不思議で様々な形状の大きな建物の数々が、一面に立ち並んでいる景色だった。

 巨大オブジェと言われても違和感のない建物たちだが、そこでたくさんの人が活動しているような気配というか、息遣いを感じる。あっちでは蒸気のようなものがもくもくと上がり、そっちでは工事現場を思わせる金属音が響いている。

 ふと見れば、白や赤、黒、シルバーなどの色をした何かが、それらの建物の隙間を縫うように、宙を飛び交っている。

「な、なんだよあれ、誰か運転してんじゃん、飛んでんじゃん!」

 それらは小型自動車に似た形をしていた。乗り物のようだ。空中に車道があるかのように、風を切って走っている。

 薄曇りの空の下。俺はその風景を高い位置から眺めている。

 街、らしい。

「……どこだ、ここは?」

 想定していた中世ヨーロッパ風のファンタジー世界とは程遠く、石畳の路もなければ、レンガ造りの建物も、がたごと走る馬車もない。

 ファンタジーというよりSF映画的な街並みだ。

 その象徴とでも言うように、街並みのずっと向こうに一本、異様な太さと高さの塔がどんとそびえている。

 断言していいが、東京都墨田区にある電波塔なんて比較にならない大きさだ。

 塔は鉛色に近い黒で、いたる箇所に美しく輝く緑色のネオンが走っている。下部は大樹の根を思わせるような数本の支柱に支えられ、その頭は雲を突き破り、どこまでも空のはるか彼方まで延びていて、てっぺんが見えない。

 そんな塔を支えているのだから、支柱だけでも相当にでかそうだ。

 何なの、あれ?

「もしかして魔王城? それともタワー系ダンジョンか? というかこれ、どういうこと? さっきの森は?」

「何を驚いてるの? ここは私の部屋のベランダよ。とぼけてるの?」

 背後からエルフっ子の声。

「ベ、ベランダ?」

 振り返ろうとして、俺は体の異変に気づいた。

「え、え、え?」

 ブーツ越しに感じていた柔らかい草花の感触も、すでにそこにはない。見ると、白いタイル張りの床に黄色の光が出現していて、俺の足を固定していた。足首から下を誰かに掴まれているような感じで、まったく動かなくなっていた。

 バランスを崩して倒れそうになり、すぐ手前にあった横渡しの棒(それこそベランダの欄干のようなもの)を掴んで体を支えた。

 下の景色が目に入った。

 寒気がぞぞぞっと背筋を走る。

 た、高い……。

 相当な高所らしく、地面がずっと遠くに見えた。

 腰が引け、びくびくしつつも、なんとか上体をひねって振り返る。

 彼女が言うとおり、そこは広いベランダのようになっていた。目の前には高級マンションっぽい全面ガラス張りの壁があり、その手前で彼女は腕を組んで立っていた。

 立っていたのだが……。

「い、いつの間にコスチュームチェンジを?」

 彼女は先ほどまでの小人的な格好ではなくなっていた。

 替わりに身に着けているのは、ぴっちりと引き締まった濃い緑色のボディスーツのような服だった。

 ところどころに魔法陣のような模様が刻まれ、腰には短いスカートのようなもの、胸にはフリンジ状の紐飾りが巻かれている。おかげでそのスレンダーかつ過不足なしの完璧なボディラインがはっきりとわかるので、それはそれでグッとくるものがあるが、エルフっぽさは激減していた。

 ていうか、俺が街の風景に驚いてる間に、まさか背後で着替えてたってこと!? だとしたら惜しすぎる!

「あなた、本気でとぼけ通すつもりなの? 森も服も『ビジョン』に決まってるでしょ。故郷の雰囲気を味わうなら、服装も大事だもの」

 ……び、びじょん?

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