(5)


 もろもろの準備が整ったところで、女神様が呪文のようなものを詠唱し始めた。

 すると徐々に、空間がモザイクのように歪みだした。女神様の姿すら、おぼろになっていく。

『いよいよですね、勇者様!』

 俺の脳裏に、少年とも少女ともつかない中性的な声が響いた。聖剣ガドッシュが念話の能力を用いて話しかけているのだ。

「ああ、楽しみだ。よろしくな、ガドッシュ!」

 俺はその声に、肉声で応じた。残念ながら勇者に念話の能力はない。

 ガドッシュの喋り方は丁寧で敬意を感じるが、どこか幼さがあって親近感が湧いてくる。

『服、すごく似合ってるです! かっこいいです!』

「そ、そうかな? なんか慣れないし、恥ずかしいけど」

 女神様の力により、俺は一瞬で勇者らしい格好にコスチュームチェンジしていた。神界の素材で作られた丈夫で伸縮性のあるズボンと上着に、薄くて軽量かつ頑丈な鎧、邪悪な魔法や攻撃に耐性があるというマント。

 必要なものなのだろうが、それでも鎧とマントには抵抗を感じる。

 ちなみに元の学生服は、首飾りとして付けている『転移石』という小さな石の中に収納されているらしい。摩訶不思議な石だ。

『服装なんてすぐ慣れるです。あの、それよりボク、こうして勇者様の背中に差してもらうことに、ずっと憧れてたんです! だから今、とっても嬉しいです!」

 鞘に納まっているガドッシュは、肩にかけた専用のベルトによって俺の背中に固定されている。

「ありがとな。それにしてもお前、おしゃべりな奴だなぁ」

『す、すみませんです! 勇者様との冒険は初めてで、夢だったから……』

 女神様いわく、ガドッシュは聖剣の中では最も若手らしいが、それでも誕生してから百年以上は経っているそうだ。知識が豊富で、能力も他の聖剣に遅れを取らず、神々の間では「最強の剣かもしれない」とささやかれているとか。

「そっか! 俺も夢が叶うと思うと、めちゃくちゃテンション上がるよ!」

『ですか!』

 堅苦しい老剣なんかよりは、ずっと付き合いやすいかもしれない。なんか、弟ができたような気分だった。


 周囲はすでに白と黒だけのモザイク空間になっていた。

 女神様の声が聞こえる。

「それでは旅立ちなさい、なつかしき人よ」

「えっ?」

 気のせいかな。なつかしき人って言われた気がするんだけど……。

「……何でもありません」

「そ、そうですか?」

 優しい声で、本当になつかしげに聞こえたけど。

「では行きなさい、勇者剛志よ!」

「!」

 改めて女神様が告げた。

 勇者、剛志。

 たった一言で、些細なことはどうでもよくなった。わくわくして、テンションが最高潮になる。

「は、はい! 任せてください!」

 口調や態度に自信がみなぎるのを感じる。調子に乗るなという方が無茶だ。

 いよいよ。

 いよいよだ。

 強力な魔法とスキル、聖剣──それらを有する、俺という勇者。

 夢の冒険が、ついに始まるんだ!

「そんじゃあ、いっちょう行くかガドッシュ! 異世界を救いに!」

『はい!』

 その時、再びめまいが俺を襲った。


   ×××

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