第25話 チャリラルキー

 俺が寮の前でちょくちょく小耳に挟む言葉があった。

 それは近隣住民のグリムのチャリに対する率直な意見だ。


 「あのチャリってここの家の主のチャリだって噂だよ」


 「家の主ってスゲーチャリ乗ってんな?」


 「あれを乗りこなせるからこそいまのこの家があるんだよ。まあナマハゲみたいなもん」


 「だってここの主、前に皮剥かずにライチ食ってたし」


 「えっ、ライチってそのまま食えるもんなの?」


 「さあ、でも主は食べてたよ。サングラスが大きくて食べづらそうにしてたけど」


 グリムはあの卓球大会でクラッシュしたままのチャリをこともあろうに寮の前に置きっぱなしにしていた。

 いつか観たDVDの影響でサドルもブロッコリーになってるし。

 さらに前カゴにはハカセによって復活した例のお面も入っている。


 ちなみに俺とハカセが提唱・・した「大きい電子レンジの中に小さい電子レンジを入れてマックス暖める」って実験はハカセいわく、結果しだいによってはブラックホールが生成されて銀河系そのものが電子レンジに吸い込まれてしまうかもしれないということで自主規制している。

 きっと永遠にそれが試されることはないだろう、電子レンジ入った地球をいったい何分暖めていいのかわからないからだ。


 てか、このチャリじゃ、そりゃ近隣住民の噂の的になるわな。

 しかも寮の主だと思われてるし。

 あの首のボンボンがそうさせてるのか? あれはたしかに主にしかまとえない雰囲気がある。

 いや素人は纏ってはいけないだろう。


 ――ガシャン、ガシャン、と音が聞こえてきた。

 グリムはここ最近チャリ断ちをしていてジャンピングホッパーで登校している。

 地面にくっきりとつくジャンピングホッパーの跡がつく、ある意味GPSだ。


 「おう。涼介」


 「おう、グリム」


 「野菜帝国のみなさんお疲れさまです」


 グリムはジャンピングホッパーに乗ったままサドルのブロッコリーに挨拶した。

 なんて器用なやつだ。


 「もうすぐ交換いたします、そのときはまた丁寧に茹でマヨネーズで美味しくいただきます。前のブロッコリーさんも、みんなにお裾分けして美味しくいただきましたので」


 えっ!? 

 あの俺らが食ったブロッコリーってサドルブロッコリーだったのか? あとでスタッフ全員で食べましたふうに俺らに分けるなよ!!



 グリムはときどきソワソワしはじめるときがある。

 それは花咲子が寮に姿を見せるか見せないかのときだ。

 エージェントの俺はグリムを張ってみることにした、寮の中に裏切り者がいるかもしれないからだ。

 許せグリム、これは無罪を晴らすための見張りだ。

 そのために髑髏山も潜入してるんだし。

 だが、今日は日曜日、花咲子がくる気配はない、なのにグリムがソワソワしている。

 そこで俺はあとをつけることにした。

 ああ、俺ってばこの職業病ずっと治らなさそうだ。



 どこかの町にきてしまった、この町には『パインコーン伝説』という都市伝説が流れていていた。

 それは――松ぼっくりを拾ってる最中にぼっくり死んだ人の話だった。

 グリムがやってきた町は車とチャリの比率が同じ長閑のどかな場所だ。

 チャリが道路の真ん中を全開で走っている。

 グリムはそんな一風変わった町の中にある一軒家に入っていった。


 ここはどこなんだ? 一軒家はそこそこ立派で、家の脇には車が三台ほど停められそうな車庫があった。

 しばらくすると、グリムが家からでてきた。


 「今日も素肌が喜んでるな」


 グリムはブリーフとTシャツに下駄だけど、いくつかの小物でオシャレは忘れていない。

 さすがにボンボンは外してるけどグラサンは健在だ。

 シャツを中に入れる系のグリムはTシャツをブリーフの中に入れた。

 なんて開放的でリラックスした服装なんだ。


 「ふっ、意地悪な風が吹きやがるぜ。この町は」


 風ともたわむれてるし。 

 手に持っていたモイスチャーミルクを一滴にとって顔にバチンバチンと当てている。

 しかもグラサンの上からだ。


 「ちょっとシックに決めすぎたな」


 そのまま物憂げに空を見上げた。


 「今日もおまえは灼熱のエイトビートを刻んでるんだな? そのギラギラした反抗的な目嫌いじゃねーぜ!?」


 渋い。

 まるでダージリンな表情で太陽に話かけている。

 グリムはいったん家に戻って、今度はピンクのハート型レンズのサングラスにかけなおしてきた。


 お~怖えぇぇぇなんだよ、あのハート型レンズ。

 か、輝きすぎだ? なんカラットあんだよ!?

 カラットっつーかキャラットだなもう。

 グリムはお色直しをしてきたみたいだ。


 サンバイザーの「サン」って「太陽」の意味なのに「サン」の取れたサンバイザーまでしている。

 もうサンバイザーじゃなくただのバイザーだ。


 右腕には年代物の空気入れを一本抱えていた。

 うおぉぉぉ!!

 空気入れをSF映画の武器みたいに持ったぁぁ!!

 グリムは家の横の車庫のシャッターを勢いよく開けた。


 「待ってろ、もうすぐおまえの復活のときだ『フリーダム ガーデン(自由の庭)』。ボタンがいっぱいついてるほうがかっこいいからってダミーボタンをたくさんつけてた俺はもういない。シンプルにいくぜ」


 フ、フリーダムガーデンだと!?

 あれはチャリ、紛れもなくチャリ。

 フリーダムガーデンは本体カラーも銀でいぶし銀の自転車だった。

 そういう意味ではドライバーもいぶし銀。

 まさかグリムは伝説の名車っぽいそのチャリを復活させようとしているのか? 俺の心にそんな予感が過っていった。 


 これは寮の前に放置したチャリが死んだから、初号機を起動させようってことか!!

 初号機は往々にしてパワーが強すぎで操縦者が扱いきれず、出力を抑えた次号機に乗るからな。

 そしてピンチになってからなんやかんやあって初号機を使いこなせるようになる。


 グリムはチャリに空気を入れようと準備を開始した。

 ポケットからとりだしたグローブをつけ空気入れをかかげ空に向かって空砲ならぬ空注くうちゅうをかました。

 

 あっ!?

 あれって殺し屋がつけるグローブだ? そんなもんつけて空気を入れんなよな~? グリムはさっそくフリーダムガーデンのタイヤに空気を入れはじめた。

 おいおい足使って空気送れよ? 手じゃ無理だって、つーか下駄だからどっちにしても無理か? グリムは手だけで空気を送り込もうとしている。

 ――プシュ~。と空気が抜ける音がなんどもした。

 だからいってんだろ? 足でやるからこそ、その空気入れのフルスペックの力が発揮されるんだよ!!

 

 「俺の第三の目が開きかけてる」


 グリムの動きが止った。

 開眼するのか? ついに人間の姿から本当の姿に変わるのか? 町晴邪朝まちはれじゃちょうのネクストステージ突入か? グリムは下駄を脱いで足の裏をながめている。

 てか魚の目・・・かよ、それが第三の目・・・・ってことか? 結局ただの村雨聖夜のままだった。


 「下駄の刺激で足の裏ヤられた!!」


 ただにコーディネートミスか。

 機能性よりもファッション性を選んだゆえの失敗だな。

 グリムはまた家の中に戻っていって足元を電撃トレードしてきた。

 今度はスニーカーで登場。

 かかと減りすぎだろ!?

 三角比でいったら「aの二乗+bの二乗=cの二乗」の図くらいかかとが無くなってるじゃん。

 そのとき家の中からグリムを呼ぶ声がした。


 「聖夜。いつまでそんなかかとのない靴履くの? ピタゴラスの定理じゃないんだから?」


 聖夜ってやっぱ本名なんだ。


 「母ちゃん。俺ってばいつでもクラウチングスタートだよ!!」


 か、母ちゃん? ってここはグリムの実家だったのか? じゃあこの町がグリム発祥の地。

 あっ、よく見りゃあ表札に”村雨”って書いてある。

 エージェントの俺としたことがしくった。


 「聖夜。なにいってんの?」

 

 「いつでも全速力で走りたいんだよ~」


 グリムはこの緊急事態を楽しむように空気入れを踏んでいた。

 そのたびヘナっていたタイヤがふくらんでいく。


 「ついに反抗期か? おまえもそんな歳になったんだな? 青春のシンフォニーを奏ですぎだぜ。ふっ!!」


 グリムが足で空気入れをシュコシュコしながらふたたび太陽に挨拶した。



 どうやらメンテナンスが終わったようだ。

 タイヤがパンパンになったフリーダムガーデンはようやく太陽の下に姿を見せた。


 「いざ自由の世界へ飛びだそうぜ!!」


 グリムは慣れた感じでチャリに飛び乗った。

 だが踏みだした足がすっぽ抜けて、そのままペダルだけが一回転してグリムのスネを直撃した。


 「ぬぉぉぉぉ!! ベンケイが泣いておる!! ベンケイが泣いていおるわぃ!!」


 グリムも弁慶も泣いたみたいだ。

 だが怒りで痛みを消すどっかのアニメの主人公みたいに痛みを振り払って、また勢いをつけペダルに足をかけた。

 チャリが勢いよく前進する。

 あっ!?

 今度はリアス式海岸風のコンクリートに前輪がはさまってグリムごと身伸宙返りした。

 俺の中で伝説の総長たちの面影が甦る。


 「さ、さすがフリーダムガーデン。なんてじゃじゃ馬なんだ。じゃじゃりかたがハンパねー!!」


 グリムは――初号機のブーストはハンパねーな的な意味合いでそういったみたいだ。

 リアル黒ヒゲか? ハートグラサンにヒビを入れたグリムが空とご対面していた。

 こんな何気ない日曜日なのに、いち民家の前で大惨事が発生した。


 「俺のサチュレーションが下がってく」


 グ、グリムがなんかそっれっぽい医療用語使ってる。

 ドラマで見たんだろうな? だがグリムはまたなんかのアニメのようにキレる勢いで痛みを和らげようとしていた。


 「俺は負けねぇぇ。自由の庭に俺はいくんだぁ!!」


 グリムはまた立ち上がってフリーダムガーデンをおこしてまたがった。


 「よし、よし、いい子だ、いい子。『パインコーン伝説』というこの町の負の遺産を払拭するにはおまえが菊花賞で優勝するしかないんだ」


 チャリで菊花にでれねーよ!!

 グリムはフリーダムガーデンのボディの脇をなでてから、さっそく勢いをつけてチャリを漕いだ。

 リアス式海岸風のコンクリートにふたたびはまる。

 リアス率高けーな? ここのコンクリ。


 衝撃映像百連発の最初のウォーミングアップなら十分を請け負える出来事だ。

 フリーダム ガーデンのタイヤがガクンと沈んで、グリムは大量の犬に引っ張られた飼い主のような驚きの表情を見せて飛んだ。


 スゲーキャッチーに宙を舞ってるけど、すでにフリーダムガーデンの前カゴはベコ(ベッコリへこむ)っていた。

 さらにサドルもペダルもボッキリいった。

 どんががらがっしゃん的な音がする。

 グリムは這いつくばったままで忘れ形見のサドルに手をかける。


 「フ、フリーダムよ。じ、自由なシートアレンジのできるサドルで助かったぜ。これは寮の前に置き去りにしてしまったあいつと合体させることができる。カゴも結構ベコっちまったけどオブジェ兼フランスパン入れとして大事に使うよ。両ペダルは海に撒くことにした、でもペダルはぜんぜん弱虫なんかじゃなかった。あとは食物連鎖に入ってゆっくり休んでくれよなっ!?」


 グリムのやつ間接的に自然と生態系を破壊する気か? グリムはただ実家に帰って息抜きしただけで、要するにただの休暇だ。

 ただ、つねにチャリラルキーを気にする生活も大変だな。

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