第26話 おもてなし

 俺はみそ汁をつくるために寮長の部屋の台所でひとりケーキ入刀的なことを交えつつ豆腐を切った。

 いや~我ながら今日はけっこうなお手前だこと。

 鍋の中をおたまで混ぜると、みそ汁の良い匂いと暖かい湯気がほのかに香ってきた。

 これは食欲を誘うけど、壁に貼られている、ふつうの外国の景色だらけのポスカを見て萎える。


 「朝比奈くんできたの?」


 「はい。寮長」


 「じゃあ。ちょうだい」


 「もう、食べますか?」


 「ぜひ。ご賞味(?)してみる」


 「僕のみそ汁赤丸急上昇中ですね?」


 俺は喜んでみそ汁をお碗に注いだ。

 これは俺の自信作だからな。


 「どうぞ寮長。まあ具は豆腐だけだけど許してください」


 「うん、いいよ。僕は豆腐のみそ汁好きだから。それに条件は”シンプル寮料理”だからね」


 「そうですよね」


 寮長はさっそく息を吹きかけて、すこし冷ましながらみそ汁を口に運んだ。


 「ど、どうですか?」


 「……ん? ……ん? ちょっと味噌の味がするお湯だ。マズい」


 「そ、そんなはずがないんですけど。ちょっといいですか?」


 俺も自分の作ったみそ汁を飲んでみる。

 たしかに寮長のいう通り味噌の味するお湯だった。

 自分で作っておいて自分で味見するの忘れてた。

 

 「なぜだ? なぜこんなにも味が薄いんだ? 味噌がすくなかったか?」


 「これは味が薄いというよりもなにか足りない。朝比奈くんダシ入れた?」


 「ダシ? なんですかそれは?」


 「カツオとかのダシ入れないと味が引き締まらないんだよ」


 「そ、そうですか? は、はじめて知りました。寮長物知りですね?」


 「いや、ふうつの人なら知ってると思うけど……」


 チキショー!!

 だからだな俺が子どものころに家族のために作ったみそ汁が瞬殺されたのは。

 借りてきたDVDの映画がその日の夜に放送されたくらい悲しい。

 こっちはダメだ。

 廊下に移動、プランBだ。



 「咲子ね、賢ちゃんのためにお料理するの」


 「なに作ってくれんだよ?」


 「卵焼き。賢ちゃんって卵閉じる系?」


 「いや、しいていうなら巻く系かな」


 花咲子それら・・・を料理にカウントする神経がスゲーよ!?

 まあ、俺もみそ汁だったけどな、条件的には卵焼きもOKだろう。

 花咲子はさっそくボウルをかき混ぜた。


 「あっ、殻が入っちゃった。咲子は秘密兵器を使うでありまする」


 「おう、いいぜ」


 花咲子は現代科学のマシーンを持ってきた。

 ギュインギュインいってる。

 もの、すごい音だ。

 俺の目の前でボウルが浮いた。

 人工的なサイクロンによって卵は全滅した。

 さすがは吸引力の変わらないただひとつの掃除機だ。

 殻どころか、ぜんぶ吸い込まれてしまった。


 「う~ん。失敗しちゃった。卵焼き難しいから別オーダーをお願いします。キャハっ!?」


 「おっ、おう」


 さすがのちゃんなかも押されてるな?


 「じゃ、じゃあ、どうしようかな」


 ちゃんなかは考え込んでいる。

 おそらく卵焼きで失敗したということは、花咲子にそれ以上の料理を望めず、ほかは消去法でいくしかないということだろう。


 「好きなトピックいえばいいんだよ~」


 トピックなのかトッピングなのかがわからん。

 単純にトピックなら話題ということになるけど。


 「あっ、けど咲子はコンピレーション的な料理は無理だよ」


 コンピレーション……どういうこと? アルバム?

 花咲子のクッキング脳は別次元にありそうだ。


 「おっ、おう、わかった。じゃあ、さ、咲子が子どものころにお手伝いで最初に洗った野菜は?」


 話題を変えて花咲子の得意そおうな料理を探り当てる気か? ちゃんなかまあまあ頭使ったな。


 「パパのエレキギター」


 「なんですとー?」


 花咲子、なんて斜め上からの返答をするんだ。

 電気を通す物を水洗いするとか怖いもの知らずのお子様か? お父さんショックじゃん? 電気ショックよりもショックじゃん。

 これでちゃんなかの選択肢が狭まったな。

 

 「じゃあ賢ちゃんが苦手な料理は?」


 ちゃんなか花咲子の逆質問に助けられたな。


 「キュウリをご飯とノリで巻いたものを寿司と呼ぶのは許せん」


 そこでおまえのこだわり持ってくんなよな~。


 「ええ~咲子はカッパ巻好きだよ」


 「そ、そうか、な、なあ咲子、咲子って料理をどんなスパンで作ってんだ?」


 ちゃんなか話の流れを変えたか。


 「う~んと、適当」


 流れを変えられず終いだな。


 「そうだ!! 咲子ね。賢ちゃんがリラックスできそうな料理作る」


 「そ、そうか。それがいいぞ。咲子」


 「うん。不眠のかたに――ほとんど麻酔のように眠れた。っていわれたことあるから」


 それ完全に眠剤みんざいじゃね? 盛ってるよな? スパイ説復活!!

 花咲子がさっそく、ヤベー料理をはじめた。

 な、なんか入れた? し、しかも注入軟膏、そ、それはなに用だ? 用途を教えてくれ、せめて用途を。


 「あとはキャノーラ油に紅花油べにばなゆ


 油をふたつ入れるようなオシャレ的なのはどうでもいいんだよ。


 「咲子は食材にこだわらずに料理店の味をしっかり覚える系だからまかせてね」


 まずは食材がいちばんだろ!!


 「味塩を“味”と“塩”に分けないと」


 せっかく企業のかたが味塩にしてくれてるのに分離させんな!!

 そうしこうしてなにかができあがった。 


 「つぎは前菜を作りま~す。えー。うそー有機野菜ないの~。ないと咲子の腕ふるえない」


 だからおまえはシェフかよ!!

 ダメだ、無理だ、時間がない、これも使えん。

 つぎだつぎ。

 しかも食べさせたい相手はちゃんなかじゃなくてほかにいるんだよ。

 プランC。



 俺はグリムの部屋に飛び込んだ。

 さっそく遊んでる、くぅ、そうだろうな、そうだろうな、なんたって寮生だしな。


 「髑髏山にエリンギ爆弾くらわしてやる」


 グリムは中学生のノリでエリンギを掴んで髑髏山の頬の近くでウリウリしていた。


 「あっ 、バカグリム!? 俺のほっぺにエリンギの二十四時間密着取材かよ~。 食べ物を粗末にすんなよ~」


 といいつつ髑髏山もマイタケでウリウリし返した。

 こっちも中学生のノリだだ。


 「一戦交えるつもりか? 第一次キノコ戦争勃発ってことになるぞ? こっちにはまだ遠隔ブナシメジボムがあるんだぜ?」


 グリムはもう料理を放棄している。

 いいのか? かすかな希望が打ち砕かれるぞ。


 「キノコ類は底辺×高さ÷二の松竹梅しょうちくばいに増えてキノコと松、竹、梅がまた下から生えてくるんだよ」


 髑髏山は頭を使った返しをした。


 「なにぃぃぃぃ!?」


 グリムは驚きを隠せないでいる、てかそれは俺も初耳だ。


 「もう、そりゃ~キノコを筆頭に松やら竹やら梅がわっさわさ生えてくるぞぉぉぉ!!」


 「マジで? ねえマジで?」


 グリムが信じ込んでいる。


 「ああ。絶対だ」


 「まずキノコが底辺かける高さ割る二で生えてくるのなら……えーと一日一個のキノコが、えっ!? ふ、二日目だと……三億……すると一週間後には地球はキノコで覆われるではないかっ!!  なら地球はキノコに覆われた惑星と呼べばいいのか? それともでっかいキノコになるのか? 髑髏山どっちだ答えろ?」


 どういう計算をしてんだか?って感じ。


 「答えはでっかいキノコだよ!!」


 「松と竹と梅はどうなんだよ?」


 「それもキノコになる」


 結局ふたりはキノコ料理を頓挫(?)した、いや諦めた。

 俺たちがなぜこんなに料理にこだわっているのか? それは管理人におもてなし料理をだして美味しいといわせたら家賃を千円下げてくれるといったからだ。


 しかも”シンプル料理”という条件でハードルまで下げてくれたのに結局俺たちは勝負することもなく負けた。

 あんなのを食べさせて下手に家賃を上げられてもたまらないからな。



 翌日。


 「ちゃんなか。腹の調子どうよ?」


 「……お腹の中の乳酸菌たちが臨時国会開いて対策会議してる模様です」


 「おまえは立派に戦った」


 「そういってくれるだけでありがたい。あっ、なに、なにこの険しい痛み……あっ、結構なビックウエーブがやってきた」


 ちゃんなかは自分の腹をさすっている。


 「腹の中で悪玉菌がフルーツバスケットしてやがる……あっ!? もう早第二波到着かよ~」


 ちゃんなかはまた腹をさすった。


 「悪玉菌はそんな楽しそうなレクレーションはしません!!」


 「で、でも。今日の俺は常に未病」


 ちゃんなかは花咲子の料理を食べて、案の定腹をヤられたというわけだ。

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