第23話 冷やし中華はじめました。

 最近は季節が進んだせいか暑い日が多い。

 俺が寮に帰ってあの蜂の巣になった玄関を開けると【冷やし中華始めました。】の文字がデカデカと掲げられていた。

 それは髑髏山の部屋の入口に暖簾のれんのようにしてあった。

 今回は髑髏山が巻き込まれてるのか? しょうがねーさ、それがこの寮に住んでる者の宿命だ。


 しかも手書きかよ? マジックで【冷やし中華始めました。】って書かれてたら食べる気なくすんだよな~。

 まあ、この寮の廊下にはときどき出店でみせがでるからどうってことはない。


 「へ~い、らっしゃーい!! お客さんなんにしやすか? 冷やし中華もしゃかりきに冷えてますぜ!?」


 ちゃんなかは自前で用意した露店の中で手薬煉てぐすねをひいていた。

 脇に置いたラジオが本物っぽさを演出している。

 そのラジオからはなにかの番組が垂れ流しにされていた。


 「冷やし中華をしゃかりきに冷やしてどうすんだよ。ふつうはビールだろ?」


 俺はまず、ツッコむことからはじめた。


 「まあまあお客さん。仕事でストレスたまってんね~。それじゃビルの裏手でもいってゴミ箱の二、三箱蹴り倒してきなよ~。スカッとするから~さ。そんときの叫びは青春ドラマふうに――ウォォォォ!!&WOWWOWウォウウォウWOWWOWウォウウォウね!? じゃないとうそくさいから」


 それもうそくさいな。

 いまの時代はドライだからさ。

 声もださずにうしろからナイフでザクっ!!だよ、いまは。


 てか、WOWWOWウォウウォウWOWWOWウォウウォウいるか?――ウォォォォ!!の余韻にしては大袈裟すぎる。


 「おっと。ひとつ忠告。ゴミ箱倒れたからといってそれでやめちゃダメよ。中身が宙に舞うくらいさらに蹴って蹴って蹴っぱぐること。もうボッコボコに蹴ったほうがいいよ。これぞリアリティ!!」


 「どうでもいいけど。突然冷やし中華をはじめんなよ?」


 「うるせーやい。冷やし中華をはじめたかったんだよ。つーか冷えてねー中華ってなんだ? 答えろ涼介?」


 「あっ、それを俺に訊くのか? 冷えてない中華はあつし中華だろーよ」


 「涼介。どこのアツシよ? この町内の角にある『中華喫茶 ラーメンルージュ』のひとり息子のアツシくんか?」


 「アツシくんは最近悪い連中とお付き合いしてるってお母さんがなげいてたな。アツシくん店の暖簾のれんを弁慶のようにグルングルンに振り回してるらしいし。ただアツシくんにいわせれば――中華なのに喫茶ってどういうことよ!?ってことらしい、たしかにそれも理解はできるな」


 ちゃんなかも、そこそこ町の事情通だな。


 「ちゃんなかよく知ってるな? 俺はてっきり単純反抗期だと思ってたがまさかの複雑反抗期だったとは」


 「俺もおかしいと思ってたんだよ。店のネーミング。それに――ラーメン屋なのにルージュとか西洋風の名前つけんな!? って叫び声も以前聞こえたぜ。っててめー話しがどんどんずれてんじゃねーかよ!!」


 そのちゃんなかの言葉に、な、なぜだか俺が追い込まれていた。


 「だったら冷たくも熱くもねー中華はなによ?」


 また、ちゃんなかは上から目線できた。


 「それは中華だろ!! た・だ・の中華!!」


 「中華の正体がわかんねーよ!? 麺までが中華なのか? 上のオプションを入れてこその中華なのか?」


 「そんなの店に訊け!?」


 俺は話しを丸投げした。


 「ちゃんなか。おまえも冷やし中華はじめたんならポジションだろ?」


 「えっ、あっ、あん? ええ、おおう、おう、な、な、な、なんだって」


 動揺がスゲー。


 「ちゅ、中華っつーのはなラーメンやチャーハン果ては必須アミノ酸たちの代表取締役のことだわかったか!?」


 丸め込もうとしてるな?


 「ちゃんなか。話をずらすなよ? この偽店主にせてんしゅ


 「ああ~ついにいってしまったな。涼介にこの俺の壮大なスペクタルロマンはわかんねーだろうな? 一国一城の主に憧れない男なんて冷やしてない中華と同じだ!?」


 「なにいってんだよ。論点ずれてんだよ」


 「むかし社会の教科書に載ってたんだよ。“家ギリカットが失敗したら冷やし中華を始めなさい“ってな!!」


 ちゃんなかは出店でみせから飛び出してきて、俺の顔の真ん前でいってきた。


 「おまえも適当なことばっかいってんじゃねーぞ!? 教科書がそんなもん載せるかってんだ。ちびっこがマネしたらどーすんだ? お母さんに髪切られて失敗した人間はみんな冷やし中華をはじめんのか?」


 「そっちのほうが将来行列のできる冷やし中華店になる確率が高けーんだよ!!」


 「家の前に行列なんか出来たら、ただの近所迷惑だろ!!」


 こいつは勢いに乗ると謎の理論をぶつけてくるからな。

 ……ん? そこに寮長が無言で歩いてきた。

 しかもオ、オレンジ色のパンツを穿いている。

 い、いったいなんの決意だ? て、てかあんな色のパンツはそうそう売ってねーぞ!?


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 【寮長の御誓文ごせいもん


 みなさまいかがお過ごしでしょうか? さて、ここに寮長直伝の武家諸法度ぶけしょはっとをグランドオープンたてまつりそうろう

 よって、これにて退散つかまつる。てかこれ守ってね☆


 寮長の御誓文ごせいもん


1、勝手に“冷やし中華”をはじめてはならない!!


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 寮長ってば口ベタなんだから。

 そこに帰ってきたばかりのグリムと髑髏山が御誓文をながめている。


 「あ~あ、ちゃんなか特別警戒体制とくべつけいかいたいせい発令されてる」


 「最初のぶんなにいいたんだかわかんね~な?」


 グリムは寮長の貼り紙にダメだしした。


 「なんか江戸チックなのにしたかったけど、文法わかんなかったんだろうきっと?」


 髑髏山も乗っかる併せ技だ。


 「いかがお過ごしですか?って一緒に住んでんじゃんかよ」


 ふたりはいまだに寮長の御誓文ごせいもんの前でああだこうだやっている。

 そこにちゃんなかが――チッ、冬になったらチャンコはじめてやる。っと呟いた。

 寮長は無言で部屋に戻っていった。



 寮長はわずか数分後に廊下に戻ってきた、今度はど、パープルのパンツを穿いていた。

 これが寮長の怒りなのか? そして新たな貼り紙が張り出された。

 そこには文が追加されていた。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 【寮長の御誓文ごせいもん


 みなさまいかがお過ごしでしょうか? さて、ここに寮長直伝の武家諸法度ぶけしょはっとをグランドオープンたてまつりそうろう

 よって、これにて退散つかまつる。てかこれ守ってね☆


 寮長の御誓文ごせいもん


1、勝手に“冷やし中華”をはじめてはならない!!

2、勝手に“チャンコ”もはじめない

(注) つーか料理系、勝手にはじめるな!!


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 ふふ、ちゃんなか、これで全方位を封鎖されたな。

 露店の脇のラジオからニュースが流れてきた。


 「先日お伝えしたチュパカブラ情報ですがサーベルタイガーの牙の化石であるということが判明いたしました。では現地のかたのお話しをお聞きください」


 「いや~あれはどうみたってチュパカブラじゃ~ね~よ~。あんなデッケー牙はサーベルタイガー以外考えられねーべさ? それに化石になってんだもんよ。よくよく考えればわかるべさ~」


 「サ、サーベルタイガーだと、そんなもん道歩けばどこでもいるだろ!!」


 圧倒的に形勢が不利なちゃんなかが思いのすべてでツッコんだ。

 サーベルは歩いてねーよ!!

 

 「ちゃんなか。おまえこそビルの裏でゴミ箱蹴ってこいよ? WOWWOWウォウウォウWOWWOWウォウウォウっていってこいよ」


 「くぬぅぅ!!」


 「あっ!? 今日からBSで五夜連続『BB弾を作りだした男たちの栄華と破滅』の放送だからさっそく録画準備しよーっと」


 髑髏山、やっぱエージェントっぽいの観るねぇ。


 「おいおい、それぜってー夜の無駄遣いだって夜を五回も使う必要なし!!」


 そう、ツッコんだグリムだったが、ケンタゴンの俺からすればグリムもまだまだお子様よのぅ。

 後日判明したことだが寮長は冷やし中華の酸っぱいような甘いようなしょっぱい味が苦手ということだった。

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