第22話 怖い話 

 俺はやつらをはぐらかしてまた距離をとった。

 そう、邪魔しちゃ悪いから。と理由をつけて。

 ちゃんなかは花咲子の手前納得せざるを得なかったようだ。

 ちょうど店員がDVDを棚に補充するために歩いてきた。

 店員がちゃんなかたちに声をかけた隙に俺は真逆に歩く。

 い、いったん撤退だ。

 これを勇気ある撤退と呼んでくれてかまわない。


 「あっ、お客さんたち棚に置いてない恐怖系の裏DVDの裏の表の裏の裏があるんですけどどうですか?」


 なんだ、セールスレンタルで声をかけたのか。

 店員よ、結局それは表か裏か? ちゃんなかはジェットコースターの出口付近で撮られた写真のような表情をしている。

 花咲子はちょっとかわいい感じを演出した。

 俺は裏の棚の隙間からその様子を観察する、依然として尾行を続行中だ。


 「けど、それ観た人はみんな失踪しちゃうんですけどね」


 よく噂になる、見たら死ぬとか、いったら二度と帰れないっつー地元の先輩の恐怖体験かよ!?

 二度と帰れないのにどうやって帰ってきたんだよ。


 「け、賢ちゃん。怖気おじけづいた感じ?」 


 「バ、バカか。俺はアマゾン川でも鼻栓なしで二時間シンクロが可能なほど怖いもの知らずだぞ。親も知らないうちに親知らず生えてたし」


 水が入って――鼻いってー!!ってなることよりも水中にいる恐怖生物たちの楽園を恐れろ!!


 「あの~そのチラシがあるんですけど。これ」


 店員がちゃんなかになにやらチラシを手渡した。

 なにが書いてあるんだ? 俺がいるこの場所からでも文字が読めるくらい大々的に書かれていた。


 『恐怖の瞬間最大風速が世界を巻き込むサイクロンと化す。グランドスラム級のネオホラー!!  スリル満点 !! 怖さ100点 !! 全国30店。 ぜひご覧ください!!』


 「けどなんか宣伝がSF寄りだな」


 ちゃんなかがすこし不満を覚えている。

 ここで恐怖を弾き返すとはなんて強靭な心。


 「うん。咲子もそう思う。なんかスゴイ超大作を気取ってていかにもアカデミーノミネートされましたっぽい」


 花咲子も同意した。

 こいつら世の中の大ヒットには踊らない系か?


 「だろー?」


 「うん」


 「最後のはなぜか全国チェーンだし。全国で三十はそこまで多くないよな?」


 「賢ちゃん。きっとこのコピー書いた人疲れてたんだよ」


 小比井雷太か? ここで小比井のおっさんが絡んでくるのか。

 やつもまたこの町の住人、いや厳密には市営住宅の住人。

 俺くらいのエージェントになると小比井雷太の現住所を把握するのはワケないぜ。


 「店員さん、またの機会ってことで」


 「そうですか。じゃあ、店頭にそのDVDを観た人の感想もありますので、ぜひ持って帰って検討してみてください」


 「ちゅーす!!」


 ――ちゅーす。で返すな。



 俺はそのあと『廃車に満タン!!』と『三十人三十六脚』をレンタルしてから、ひとり寮に戻ってきた。

 『廃車に満タン!!』は廃車なのにガソリン入れちゃう系のホラーで、心理的恐怖を掻き立てる作品だ。


 『三十人三十六脚』は王道の作品、脚の数大杉おおすぎって作品。


 帰り際、店頭にあったチラシをチラ見すると、心惹かれる言葉が満載だったので一枚いただいてきた。

 あの店員がちゃんなかにオススメしてたやつの感想だ。

 結局――裏DVDの裏の表の裏の裏をつけることで人の興味をそそるらせる戦略の作品だろう。

 チラシの内容はそのDVDを絶賛する内容で埋まっていた。


 【業界騒然&世界激震の一品】


 チラシにはそのDVDを視聴した人たちの感想がある。


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 1、思わず、お気に入りのナイトキャップで顔を覆ってしまいました。

彼のために買ったせっかくの勝負キャップが私の恐怖の涙で台無し、でも見終わったあとは私が隊員で彼が隊長になってくれてチョーハッピーでした!!


 ペンネーム:ダーリン警備隊 20代。 OL


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 勝負キャップってなに? どうやって勝敗つくの? ドローとかあんの?


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 2、観たその日にまるで柔術で固められたほどの金縛かなしばりに遭いました。

 いまもその後遺症で首関節キまってます。


 腕も腕挫十字固うでひしぎじゅうじがためされたような痺れがいまだにつづいてます。

 

 この投稿を書くのにも三時間かかりました。

 それほどの作品でした。


 ペンネーム :山を荒してないのにヤマアラシ。 30代 会社員


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 リラクゼーションお祓いにいったほうがいいぞ。


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 3、進学校のビリより普通高のトップそんなモノに意味はない。

  進学校のトップそんな怖さがありました。


  ペンネーム: ロン毛の一休さん 。 大学4年生


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 う~ん。高学歴!!

 さすが大学生は頭いいぜ。


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有名人たちのコメント


 『この衝撃はまさにホラー界のオーストリッチ!!  by 大物俳優A』


 『眠っていた恐怖の解体新書  by 某医科大学名誉教授B』


 『私の長い人生で味わったことのない恐怖が七十年もののウィスキーのように深い味わいで染み込んできました。 by 大物女優C』


 『この戦慄と恐怖。まさに神の<しょぎょう>無常の響きあり  by 全日本寺協会総本山住職D』


 『寒くなりたきゃコレを見ろ!!  私の人生のマニフェスト by 大物政治家E』


 『体中の鳥肌たちが、いま羽ばたく  by ベテラン 鳩のエサまきおじさんF』


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 有名人たちが大絶賛これは今度レンタルせねば!!



 なにやら、廊下がまたまた騒がしい。


 「よし完徹でいくぞー!!」


 ちゃんなかは、そう拳を振り上げていた。


 「完徹って?」


 寮長が訊いた。


 「完全徹夜」


 四文字熟語ふうにいうなよ。


 「ああ、そういうことね。じゃあ完全徹夜でみんで怖い話をしようと……」


 「そうだ。寮長」


 百物語やる気か? けど廊下には寮長とグリムと髑髏山とちゃんなかしないないけど。

 花咲子は帰ったのか? めずらしい、そ、そうかグリムが固まるからか? 百物語で寮生のひとりがオブジェと化すと負担が多くなるからな~。


 「ねえねえ、グリムくんあの話は本当なの?」


 寮長がグリムの肩を叩いた。


 「なに寮長?」


 「セアカゴケグモとヒョウモンダコに刺されてもミミズ腫れくらいですんだって話?」


 「ああ、ほんとほんと。まあ、毒を以て毒を制すってやつ」


 さすが死神。

 もうそれ人を越えたろ?


 「スゲー」 


 あの、ちゃんなかでさえ驚いている。

 髑髏山もはしゃいでいた。


 「芽殖孤虫がしょくこちゅうはどうよ?」


 さすがオカルト大好き髑髏山の質問センスはパねーな。

 FBIの潜入捜査官でもあるけど。


 「さすがに致死率100%の寄生虫は無理だっぺよ」


 グリムでもダメなのがあるみたいだ。


 ※


 準備は整ったようだ。

 髑髏山が怖い話をはじめるらしい。

 なにを隠そう俺は自分の部屋の隙間からこのイベントをのぞいている。

 今回ばかりは、巻き込まれずにラッキーだ。

 

 「おっ、ビビってんのか?」


 グリムがめずらしく、ちゃんなかを挑発した。

 やつは怖い話が好きなのか嫌いなのかよくわからない。

 あるいはあのときは近くに花咲子がいたから、ちゃんなかがイキってただけなのかもしれない。


 「バ、バカ登山で偶然でくわした月のマグマにもビビらなかったこの俺が」


 「それ月の輪熊わぐまな、そのそのイントネーションからして違うから」


 それでもさっそく髑髏山の話がはじまった。


 「さあ、俺の町に伝わる七不思議の話をしよと思う。それよりもきみたちこんな時間にここに集まってくるなんて暇なのかな? 今日休み?」


 ありきたりな掴みだ。


 ――プチ家出。

 

 ――体験入学!!

 

 ――ベースキャンプ。

 

 ――慰安旅行ほかのみんなは愉快な仲間たち。


 返事がひとつ多い!? 

 なんか呼び寄せたか? 最後のやつが怪しいな、まあ、廊下で怪談やってるんだから自業自得だわな。


 「それでは地元の七不思議を語りま~す!!」


 みんなの声援があがる。


 「まずひとつめ、年中無休なのに毎週土日と祝日と店主のおっさんの誕生日は休む個人商店。ふたつめ、漏れなく・・・・といいながらも一名様にしか当たらない町内会の景品の温泉旅行」


 そこで髑髏山は一呼吸おく。


 「よっつめ。いつなんどきでもホットの飲み物しか出てこない百円の自動販売機。よっつ目ぜんぶの信号が同時に青に変わる信号機」


 「おまえの生まれ故郷は遺跡か?」

 

 ちゃんなかは開いた口が塞がらないでいる。


 「もしやまだ縦穴式住居やら貝塚やら前方後円墳があるんじゃ?」

  

 寮長もあきれている。


 「まだまだつづくぜー!!」

 

 みんなの意見を吹き飛ばす髑髏山の勢いは止まらない。

 いや、勢いでこの微妙な空気を変えようとしている。


 「いつつめ、いくぞー!!」


 ――おー!!


 みんなもテンションの高い返事をしてガッツポーズで応えた。


 「ビンテージの二十五万円のGジャンを着る。町内会長ぉぉぉぉー!!」


 「おーし、つぎだ、つぎこーい!?」


 ちゃんなかのフォローが入る。


 「で、でも町内会長のGジャンってXO醤エックスオージャンだぞ。サイズOなのにGジャンがXO醤エックスオージャン


 「話そのものが迷宮入りしてるからつぎいけ、つぎ」


 ちゃんなかふたたびフォローした。

 それはきっと正しい。


 「お、おう。むっつめぇぇ!! 玄関入ってから風呂通をらないと茶の間にいけない、父ちゃん手作りの家」


 「なんだよ。ついに身内ネタかよ~しかも嘘まじり」


 グリムはすこしガッカリして肩を落とした。


 「ラスト期待してるよ髑髏山くん!?」


 寮長は期待を寄せている。

 寮長、髑髏山はプライベートを明かせない立場なんですよ。


 「任せとけって!!」


 自信有り気な髑髏山、そして――ラストー!! と最後にみんなをあおる。


 ――おー!! とみんなのかけ声。


 髑髏山の地元の最後の七不思議がスタート。


 「町の真ん中に架かる橋。その横五メートルに架かるもう一本の橋!!」


 「……うーん。いまいちかな……」


 寮長は見事、髑髏山に期待を裏切られた。


 「微妙だな……てか、おもしろくねー」


 ちゃんなかも苦い表情をしている。


 「俺的には年中無休がいちばんかな~」


 グリムは真顔で髑髏山を見ていた、その表情はつまらなさそうだった。


 「えー俺は”漏れなく”かな~」


 ちゃんなかもそういって髑髏山を見た。

 髑髏山は反応の薄いみんなを見てプライドが傷ついたようだった。

 さらっと三番目の話がないのが七不思議だわ。


 「ちょ、ちょっと待て。じゃあコレどうよ? 野球中継の――一部の地域を除き放送を延長します。で、テレビが入らなくなるうちの実家」


 「マジで~あれ入らなくなるんだ。はじめて聞いた」


 てかFBIの潜入捜査官なのに個人情報バラしすぎだろ。

 そもそも話すべてがあんまり面白くなかった。 


 「じゃ、じゃあ。PC解体後になぜか余ったネジが翌日発見される俺のPC。捜索には地元の有志も参加したんだよ」


 もはやみんな無反応だ。

 髑髏山ほんとにFBIの潜入捜査官なのか? 俺は一抹の不安を覚えた。

 ただこれも正体を明かすことのできない髑髏山の作戦なのかもしれない。


 「なんか微妙な感じになっちゃたね? じゃあ僕が借りてきた『大雨洪水で溢れた呪いの古井戸~二度目の窒息死~』と『幽霊列車VS魔道列車 湾岸デッドヒート 』でも観ようか?」


 寮長もホラーDVD借りてたんかい!!

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