第19話 バイト
俺は学生だ。
そうそう潤沢な資金があるわけじゃない、正直なところ本物のビットコインならば欲しいと思う。
ちゃんなかの持つアレとは違う仮想通貨だ。
ただやはり学生には手が届かない。
だからときどきバイトもする、今日は単発のバイトでとあるテレビ局にいた。
そのテレビ番組の撮影スタジオがここだ。
俺は前に感動のシーンで感動してエキストラをクビになった過去があるけど頑張る。
ここでは日々、子ども向けローカル教育番組の収録が行われていた。
番組のマスコットはさまざまなグッズ展開もされてる犬のラッキーで巷(?)で大人気だ。
俺はのバイトはつまり”中の人”をすること。
静まり返ったスタジオの隅に歌のおねえさんヒロコと歌のおにいさんフトシがいた。
あとのスタッフはみんな帰ったようで誰もいない。
おにいさんは絶品
決してトレンドは外さないイケてるお兄さんだ。
もしかすると『メンズサイエンス』を定期購読してるかもしれない。
ヒロコとフトシは付き合って一年、いま、すこし
そういっていた。
俺は着ぐるみを着たまま壁にもたれていたために中身が入ってないと思われている。
「ねえ、フトシ。私たちの将来考えてる?」
「ああ。考えてるよ」
「けど、今日だって
「はあ? おまえだって
「そ、そうだけど……フトシだって大勢の前で瑠璃姫ちゃんをお姫様だっこしてたでしょ?」
「しょうがねーだろ!! いきなりカンペでたんだから。それなら
そんな恋人同士の痴話ゲンカがつづいている。
瑠璃姫、須緋亜、蘭栖、羅虞那……最近の子どもの名前は難しいな。
けど、おねえさんとおにいさん空気が重すぎるぜ。
とてもじゃねーが子どもにも世間のママさんにもパパさんにも見せられねーよ。
「はあ、幼児に嫉妬すんのか?」
おにいさんは
「ヒロコだってTシャツのスソを脇腹の横で結んでんだろ?」
「それはフトシも一緒でしょ? 靴のカカト踏んだり帽子のモコモコにメッシュ入れたりしてチャラいのよ!?」
「はあ、いいだろ? 俺の職業うたのお兄さんだぞ。そこやっぱ、オニィっぽくねーとよ。だからこの帽子の下だってワンブロックにしてんだろ」
「ワンブロックってなによ。オーダー間違えて後頭部とサイド刈り上げられてぜんぶ繋がっただけでしょ? せめてやるならツーブロックにしてよね」
「バ、バカ、あの美容師が悪りーんだよ」
「だいたいその短パンも超絶すぎない?」
「うたのお兄さんなんだから超絶短パンは譲れねーだろ」
「でも左と右の横ラインに対して股間が完全にオフサイドじゃない」
「はっ!? これは裏スペースからの飛びだしだからオフサイドじゃねーよ!?」
「でも
するとおにいさんがおねえさんの腕を掴んだ。
「ヒロコだって袖コンシャス系がどうのこうのっていってたろ? トレンドとり入れてんじゃねーよ」
「それは……あっ、あれっ?」
おねえさんがなにかに気づいた。
って、俺のほうを見てる、なぜ? 着ぐるみの中だけど俺の視聴率高けー!!
下手したら本放送より高いんじゃね?
「ねえフトシ。ラッキーから煙でてない?」
「はっ?」
おにいさんの――はっ? はこっちのセリフだよ。
なんだよ煙って?
「……んだよ。ただの
「えっ、そうなの?」
「ああ。おまえそんなことも知らねーの? 最近の大気汚染はスゲーんだよ!!」
「けど、
「じゃあ
おにいさんが得意気な笑みを浮かべた。
けどなんか背中が暖かい気がするな~。
ホカホカ感がある。
「フトシってば意外とインテリ。ただのオラオラ系じゃないのね? うふっ!?」
おねえさんは意外と簡単におにいさんを見直した。
「フトシ。やっぱり、ラッキーが炎上してるぅ!!」
おねえさんは口元を手で覆った。
そういや、背中がまた熱い気がするな~。
「SNSで誤爆でもしたんだろ?」
おにいさんは俺のほうを見ようともせずニヒルに微笑んだ。
背後に手榴弾を投げておきながら結果を確認しない元傭兵ようだ。
「キャぁぁぁー!! やっぱインテリ!! なんか特種部隊っぽいオーラでてるし」
なんか、ちゃんなかと花咲子を思いだすな。
やつらの
なんだこれ? 本気で火か? 火でてるのか? おにいさんもおねえさんも
それだけふたりの世界に入ってるってことか? ってそんなこと思ってる場合じゃねーし。
俺はスタジオの重い扉に蹴りを入れて、文字通りの火事場の馬鹿力で扉を開いた。
外にでてからの俺の走りはまるで首輪を解かれた犬、あるいは毛髪に火が引火した誕生日の主役。
飛びだしたさきでゴロゴロ回転した。
むかしの刑事ドラマ並みに回ってやった。
おー危ねー!?
エージェントじゃなかったらマジでヤバかった。
ラッキーの着ぐるみの肩あたりを眺めるとやりすぎトーストくらいに焦げていた。
なんだこれ? なんでこんなところから出火したんだ。
あっ、そっかラッキーって
ニュース番組でよくやってる発火現象のサンプルとして映像提供しようーっと。
つぎは照明に気をつけないと、ひとり
ひとりお好み焼きはいいけど、ひとり大文字焼はさすがに”おひとり様”の域を越えちゃってるし。
※
俺がふたたびスタジオに戻ると、おねえさんは瞳をウルウルと潤ませていた。
おねえさんのテンションは今日の日経平均株価を超えている。
積極的なおにいさんによって株が急上昇中のようだ。
おにいさんがかっこつけてアクロバティックにおねえさんに近づいたところ右膝をスタジオの床で激しく擦った。
おう、痛そう!!
そうスタジオ内は子どもたちの転倒防止用マットが敷かれていて、おにいさんはそこで膝を擦った。
俺はそれに乗じてまた静かに壁にもたれかかる。
なにごともなかったように完璧な壁置きラッキーになろう。
てか今日のバイトって俺なにをすればいいんだろう?
「い、痛ってぇー!! てか熱い!! なんつー摩擦力」
おにいさんは立ち上がると、短パンに八つ当たりしてすこし破いた。
けれどワイルド感はでずに変態度が三割増した。
えげつないくらいにモモ毛がハミっている。
「なんか膝にスゲースピンがかかった」
おねえさんはおにいさんの膝、貿易摩擦でテンションが下落したみたいだった。
丁度、そんなとき。
「さっきからうっせーっていってんだろ!?」
悪の組織の
このスタジオってそういうのに使うスタジオだったのか? 高級そうな毛蟹のロングコートをまとっている。
これまた花咲子に繋がるファッションセンス。
コートのうしろからは
基本この町の人間のファッションって
おにいさん、おねえさん、悪い、俺はエージェントだけど今回はパスだ。
助けてやれねー、なんの指令もくだってないから。
おねえさんは夢から醒めたようで現実を受け入れたとたんに怯えはじめた。
そりゃあそうだろね。
「コ、コートというより、もはや鎧!!」
おねえさんは的確だった。
おにいさんは慌ててどこかにスマホで電話をかけている。
きっと助けを呼んでるんだろう。
まあ首領がでたらそれは電話するわ。
「フトシどうだった?」
おねえさんが心配そうにしながら、おにいさんの手元のスマホに視線を移した。
「ダ、ダメだ。コールセンターの新人がでた。このままじゃ
おにいさんどこにかけたんだよ? だが、決死の覚悟でおねえさんを守るようにおにいさんはおねえさんの前に立った。
おお、おにいさん見直したぜー!!
「おい貴様、ゴラァァ!!」
首領は、おにいさんを威嚇しながら
「ひぇぇーゴメンなさい」
おにいさんは後退して、ブルーハワイを飲んだ舌より青褪めた。
負けるなおにいさん。
いまこそかっこいいおにいさん像をおねえさんに見せるんだ。
「おいおい顔が青いぞ? 俺に――助けてくれ”。と命乞いでもしたらどうだ?」
首領さらにスゴむ。
「た、た、た……タラバぁぁ!?」
おにいさん――”助けて”を”タラバ”といい間違えたのか。
”た”しか合ってない。
首領とおにいさん、すれ違うふたり。
「このコートは毛蟹じゃぁ!!」
おお、おにいさんのささやかな反抗だったのか。
首領が背中にある蟹の足を刀のように握った隙におねえさんは首領の背後をとった。
おねんさんは意外と武闘派だった。
これは洋画のヒロインにも通じるな。
おっ、ハカセの本に掲載されてるかも。
だが、そうは問屋は卸さない。
「トゲトゲ痛ったーい!! ふざけんな
おねえさんは蟹の足に邪魔された。
おねえさんブチ切れて足を一本、拝借し、首領の後頭部に本気の一発を入れた。
――パッチーン!!とバスドラムのような打撃音が響く。
「あっ、痛ってぇ!!」
よろめく首領。
「フトシ。さあ、いまよ!?」
おねえさんに促された、おにいさんは弱った首領におにいさん帽を被せるとゴムを最大限に引っ張った。
もう、これ以上引くと切れるかもしれないというほどに張り詰めたゴム。
「俺はこれほどまでに地球の引力に感謝したことはない。地球よ俺に
引力だから借りるもなにもないけれど地球の力を借りたおにいさん。
バッチーーーーーーーーン!!!!!!!!
必殺ゴムパッチンは首領の首元で猛威を振るった。
「地上波初に痛えぇぇ!! なにこれぇぇぇーーー!!」
首領はついに堪えきれず悲鳴を上げた。
アゴにゴムの跡がくっきり残るほどのミリオンヒットだ。
ついにふたりは首領を追い払うことに成功した。
「かっこいいわ~フトシ!!」
おねえさんがおにいさんに抱きついた。
ふたりににいっときの幸せが訪れたようだ。
※
のちに首領の登場は番組プロデューサーの『フトシくん&ヒロコちゃん、仲直り大作戦
ドッキリやるなら俺にもいっておいてくれよ~。
俺はただの見守り役でバイトに雇われただけだった。
雑、スゲー雑。
台本から演出からぜんぶ雑。
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