第17話 ハードボイルド&ヒーロー

 「これはどういうことだ?」


 「なんのことだ」


 両手を縄で縛られた男がいった。

 ボスがアゴで合図すると手下がご飯になにかの粉をシャカシャカかけた。

 そこに新たな手下Aと色違いのBと、すこしだけ変化のあるCも引っついてきた。

 この手下たちは完全に量産型だな。

 

 「間違いありやせん、ボス。こいつやっぱり茶漬けをふりかけにしてやす」


 「ほ~ずいぶんとナメたマネしてくれるな?」


 ボスは不敵な笑みをみせた。


 「てめーいままで演技してたってことか? しかもその演技の手法は学芸会がくげいかい。てめー学芸会の総本部<学芸会>を敵にまわすのか?」


 学芸会がくげいかいの総本部も学芸会がくげいかいってややこしいだろ? 本部を示してるのか支部を示してるのかわからねーじゃん!?

 手下Aよ、もっと視聴者にわかりやすく伝えないとつぎの出演はないぜ。

 これはちゃんなかとグリムと髑髏山が目を輝かせながら観ているレンタルDVDの内容だ。

 そもそも学芸会と<学芸会>ってどっちが上の組織なのか言葉じゃ区別がつかない。

 ちょっとはひねろよな。


 ついでに、というかいつもながら各々のAV機器を廊下にまで引っぱりだして設置している。

 勝手に廊下パブリックビューイングだ。

 ふたたび画面の中では人質がボスに拷問されていた。

 ボスが人質の口元をガシっと掴んで、メントスグレープ三個とよく振ったコーラを注いだ。


 「ぬるっ!? これ常温保存だろ」


 せめて冷やしといてやれ!?

 

 「ぶはっ!!」


 人質の口からメントスコーラが大噴射している。

 ってそりゃそうだ、そういう反応なんだから。

 さらに人質はボスに粉ジュースを飲まされ、こよりで鼻をくすぐられたあとにまたコーラ。

 そこに追加で透明なコーラも五十ミリほど注がれた。


 「ぶはっつ!!」


 ア、アイアン・メイデンを超えた拷問だ。

 人質はさらにチューイングキャンディーまで口に入れられている。

 これが人間のすることか。

 ボ、ボス容赦ないな。

 だがボスも手下も人質の炭酸逆噴射でべっとべとになってる。

 むしろボス側のほうがダメージ大きいんじゃねーの? もう泡たちのUターンラッシュの季節になったのかってくらいにべっとべとだ。

 人質は弱ってきていて、また炭酸を大噴射させた。

 その泡がボスの目に入る。


 「あ~お!! な、なんか目が爽快。なにこの爽やかな痛み。シュワッシュワする」


 「ボ、ボス、大丈夫でゲスか?」


 「ああ。心配すんな俺はふだんでも目薬はクールタイプだからな」


 「そうでゲスか」


 「おい、あれ持ってこい?」


 ボスは高速で目を擦りながらアゴを使って手下Bに指示をだした。


 「は、はいボス」


 「や、やめろ、それはなんだ?」


 人質はひるむ。


 「これか? これはシャボン玉の原液だ」


 「シャ、シャボン玉の原液だと。つまりシャボンか?」

 

 「バカ、”シャボン”なんて隠語使うなよ。アングラ感ですぎだろうが」


 「く、くぅ」


 人質がガクブルしている。


 「や、やめてくれ」


 「やれ!!」


 ボス、さすがは悪の権化。

 人質の口に透明な液体が注がれていった。


 「く、口がガイニー、く、口がチャーミー!! グリーンではないほどに苦い!!」


 なんて怖ろしいことを。

 いつもまにか俺も手に汗握ってドラマに見入っていた。

 なかなか引き込まれる展開だ。


 「おまえたちの考えてる計画をはけ」


 ボスが詰め寄る。


 「わ、わかった、いうから許してくれ。これじゃあ口の中でシャボンが飛びそうだ」


 「素直になったじゃねーか。さあいえ」


 ボスは人質の前に立ってガシっと両頬を掴んだ。

 けど人質の口の形は毎回毎回同じだった。

 拷問用の形状記憶ぐちか? ああ~、あの受け口じゃないとちゃんと奥まで物が入らないから演出家さんの演出か。


 「かたじけない」


 かたじけない?ってそれは返答としてはどうなんだ。

 

 「さ、三百六十五日。祝日化計画」


 それって、むしろ願ったり叶ったりじゃね?


 「とんでもねー計画だな。それともうひとつ訊きたいことがある?」


 スルーすんな早えーな? けっこう重大なことだぞそれは? 働きかた改革を知らねーのか?


 「な、なんだ?」

 

 「サッカーのスイーパーを絶滅させたのはおまえらか?」


 「ああ、そうだあれはうちの組がやった」

 

 「どうりで最近はめっきりスイーパーをみないと思ったぜ」


 「ひとつのポジションを絶滅させるなんて、おまえらなにをしたのかわかってるのか?」


 「それだけうちがスゴイってことだろ」


 「ふっ。おまえんとこは官兵衛なみの軍師と利休なみのお茶入れがついていそうだ。実弾だせや」


 じ、実弾だと? ついに本性を現したな、ボス。


 「へい」


 手下はなにかの束を運んできた。

 あ、あれはなんだ?


 「地獄の住み心地は地獄・・だぜ」


 ボスが印象に残る洋画風のセリフをいった。

 しかもボスが手に掴んで数えてる束はガムだった。


 「いっぽ~ん、にほ~ん、さんぼ~ん」


 ガ、ガムを一本で数えるって、さすがは悪の組織。


 「これがなにかわかるな?」


 「ああ。チューイングガムだろ」


 「そうだ。これをお口にいっぱいに入れらたらどうなるかわかるよな?」


 「あっ!? あまりの量でチューイングできなくなる」


 「察しがいい」


 「た、頼む、やめてくれ。噛めないガムなんてただの板だ」


 「じゃあ本題だ。例の物はどこにある」


 「野菜室的なところにある」


 ああ、微妙なとこに隠してるけど素直に白状した。

 てか、もう飽きてきたな~と思ったところにto be continuedトゥ・ビー・コンティニュードでた。

 ちょうどよかった、つぎはもう観なくてもいいかな。



 「よしハードボイルド観たから、つぎはヒーロー系観ようぜ!?」


 このイベントを主催しているのは例のごとくちゃんなかだった。

 お口直しなのか、やつらはまた違う作品の視聴をはじめた。

 今度の導入部はなにやら物悲しい感じだ。


 「自殺しようとして崖を探したんだけどなさすぎて……近所の公園のすべり台から飛び降りて足をやっちまったのさ」


 「なにがあったんですかいったい?」


 「いや、ちょっと借金が膨らんでアジトの家賃も払えなくなっちまってさ」


 アジト、とな? てか、ちゃんなかは常備してたドリンクをフラスコのような容器に移し替えてグルグル回していた。

 あれはワインを飲む人がいったん入れるフラスコのような瓶だ。

 ジュースをデキャンタージュすんなよ!?


 「これリカーショップで購入したんだよ」


 ちゃんなかは自慢げにしてるけど、そんなことはどうでもいい。

 テレビの中の登場人物が生い立ちを話しはじめた。


 「小学生の冬休み、鳥の餌やり当番で朝早く鳥小屋に入ったんだけどドアを開けた瞬間に入口の氷で滑ってコケて……」


 「それで?」


 「とりあえずは背負っていたランドセルで一命はとり留めたんだけど。顔面から餌を被って予断を許さない状況になって」


 「それはお辛い経験で。ご苦労なされたんですね?」


 「ええ。忸怩じくじたる想いでしくじりました。いつもいつもそうなんです」


 「着払いな人生ですね?」


 ――主人公の名言でたー!?

 

 ――メモメモ。 

 

 ――呟こう!!


 ちゃんなかとグリムと髑髏山が大興奮している。


 「この無意味な連鎖いつまでつづくのか? いや、俺が終わらせる」


 場面変わって主人公が意気込みを述べた。

 辛い目にあってる人の話をきき、それがとある窃盗犯の仕業だと気づき、主人公はついに犯人を見つけたのだった。


 ――そうだ。そうだ。

 

 ――そんな下手人げしゅにんはヤっておしまい!! 召し捕れぇぇい!! 引っ立てぇぇ!!

 

 ――パーフェクトボディ。


 誰だよ、深夜の通販みたいなかけ声だしたの?


 「自転車のサドルがないから誰かのサドル盗む。このサドルロススパイラルに俺がこのブロコッリーで終止符を打つ!!」


 ついに主人公が自転車のサドル窃盗の連鎖を止めたときだった。


 「かっ」

 

 ずいぶん溜めるな。


 「けっつけぇぇぇ!!」


 三人の声が合わさった。


 ――ぜひ、扶養ふように入れてくださ~~~い!!


 ――保険証の世帯主になってくださ~~~い!!


 ――あなたの苗字の印鑑を造っていいですかー!!


 こいつらはとくに悪をくじく、勧善懲悪ようなドラマに弱い。

 さらに感化率も高い。

 まあ、俺もそれはわからなくはない。

 さあ、DVD無料ただ観したし、部屋に戻ろう。

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