第15話 日常茶飯事
「このお面を前のよう戻したいんだ。ハカセならできるだろ? あの
グリムは
ハカセはそれを受けとると表裏を眺めたあとにコンコンと叩いて強度をたしかめている。
「う~ん。黒くはできるね」
「ほ、ほんと、あの画次郎ブラックをふたたび再現できるの?」
「できるね」
ハカセスゲー、なんか学者っぽい!!
あっ、あの白衣にドス黒さをだす手法をそのマスクに使うのか? 発想が天才的だ。
俺なら腰(腰が引ける)ってしまうかもしれない。
くそっ、俺としたことがエージェント見習いなのにまだまだだな。
科学方面の知識も増やさないと、絡み合った線を切るシチュエーションに対応できない。
「ベロは?」
「ベロも大丈夫だよ。ベロ貸して」
「ほい。この単身赴任のベロを淋しさから救ってやって」
ハカセはグリムからベロを受けとるとポケットから瞬間接着剤をだし、ちゃちゃっとくっつけた。
「よし。できた。これは蓄積疲労で折れたんだね。きっと」
さすがは科学の粋を集めたアロン(アルファ)だ。
だけどグリムのグラサンを除く部位が蒼白になった。
ベロがとれた原因は洗濯槽のマックス回転による遠心分離だと思うんだけど……。
専門家には違いがわかるんだな。
ハカセの
「はい。グリムくん」
ハカセは表彰状を渡すように差しだした。
グリムは反射的に右手、そのあとに左手を添えて受けとる。
卒業式か!!
「ハ、ハカセ。ち、違うんだよ。このお面のベロは右利きなんだよ。この舌の向きじゃあ食べ合わせが悪すぎるよ」
舌に右利き左利きがあんのかよ? いまグリムが手にしてるお面は完全に左ベロだった。
それを聞いたハカセはなんの気なしにコリっとベロを
それは束のバナナから一本をいただくようなものだった。
もぎたてフルーツか!?
「ハカセ。いまのは悪いやつのもぎかただよ?」
そのグリムの一言がハカセの心に火をつけてしまう。
「それはつまりマッド?」
「うん。マッド、マッド」
「つ、ついに僕もマッド感が滲みだしてきたか」
「そうそう、完全にマッド。それよりもベロもう一回くっつけてよ?」
ハカセの耳にもうグリムの言葉は届いてなさそうだ。
「芸術の爆発とリア充の爆発についての考察」
ハカセは”マッド”という言葉が大好物だ。
なにやらブツブツ唱えはじめた。
これはハカセ、マッドな感じでてきたね~。
「リア充じゃないウェイウェイだよ。ハカセ」
グリムはハカセのリア充という言葉を小耳に挟んで現代語に翻訳した。
「そんなことはどうでもいいんだよグリムくん。そのサングラスはいったいなんヘクタールあるんだい?」
ハカセの数学脳になにかのスイッチが入ったみたいだ。
「これ。たぶん四十四くらいかな」
グリムは即答する、サイズくらい頭に入ってるんだろう? そのグラサンもうほとんど体だもんな。
つーか
けど、ハカセ、グリムのグラサンになんの意味が?
「四十四。へ~そっか」
ハカセはなにか暗算をはじめた。
口がもごもごと動いている。
いったいなにが弾き出されるのか?
「でた。ということは。マラソン大会当日は鉄の体のくせに遠足のときには風邪をひいてしまう。つまりはインフルエンザの予防接種は鉄の体なのに、修学旅行で熱をだすのと同義!!」
ハカセはなんだか小学生の真理に到達した。
俺は新原稿の誕生を垣間見た。
そのあいだにグリムの反撃の
この騒ぎに便乗するとはなかなかだなグリム。
ただそれじゃあまだまだケンタゴンには入れないぜ。
「いまこそ我が仮面の
ちゃんなかは金メダル
やつはなにに勝ち誇ってるんだ? グリムは素早くちゃんなかの小銭をインターセプトすると洗濯槽に向かって放りなげた。
四捨五入するならポチャっとホールインワンだ。
「ああ!!」
グリムが投げ入れた小銭はそうあのビットコインの偽物だった。
「どうだ。おまえのビットコインは死んだ。ローマは一日にして成らず。ちゃんなか、とうとうおまえも年貢の納めどきだ?」
ちゃんなかに収める年貢はないだろう。
あるとしてもそれは洗濯機の中だ。
ただあれは、この町にあるアミューズメント施設のコインで無価値だけどな。
泥棒がかぶってる
「こ、心がルービックキューブ(完成前)になったぜ」
おっ、めずらしくちゃんなかがダメージ受けてる。
バラバラになったらしい。
「俺はセカンドキャリアが不安で不安で、ちびちび、ちびちび土を掘って、やっと掘り当てたのがいま洗濯槽を泳いでいるビットコインだったんだ」
「おまえはファーストキャリアから終わってんだろ?」
グリムのカウンターが入った。
これは良いのが入ったね~。
「おのれぇグリム。おまえのジージャンの袖を
ちょとした戦国時代だな。
「その中途半端な長さがむかつく!!」
「グリムよ。いまの俺はネガティブキャンペーン開催中だ。おまえの部屋を家庭訪問する」
「くんなバカが!?」
「訪問したあかつきには掃除機のコードの限界を超えたところまで伸ばす。俺には負けられない闘いがあるからな」
「ちょっとだけちょとだけ負けてもいい闘いだってあるだろ?」
「そんなものはない」
てか、グリムが動いてるとこを見ると花咲子はここから離れた場所にいるということだな? どこだ?
花咲子は蜂の巣の玄関前で麦わら帽子を被ってはしゃいでた。
やはり女スパイ、俺の視線に感づいたか? 波打ち際でバシャバシャやるふうにして寮から徐々に距離をとっていく。
「咲子ベロをとり損ねたので。ちょっと自分探しへ、いってきま~す!!」
だいたい自分探しってなんだよ? 本当の自分はどっか歩いてったのか? それを捜索するとな? だが花咲子は”おたまじゃくし”を空想上の生物だと思ってるくらいの逸材だ。
ふつうの思考ではないはず。
「きゃ~咲子のカーヴィボディをそんなに見ないでくださ~い」
なにやら自作自演で悲鳴を上げて、そそくさと退散していった。
こんなふうにしてこの寮の夜は更けてく。
まあ、こんなのも日常茶飯事なんだけど。
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