第6話 アーケード商店街

 寮長のあとについてしばらく歩くと歩道の横になにか落ちているのが見えた。

 俺の前方一メールさきにあったのはアンテナのない壊れかけのレディオだった。

 その横、約三十センチにはボタンが二、三個取れたかけた壊れかけのレディオ……い、いやもうここは取れかけ・・・・のボタンと呼ぶ、もある。


 その奥にも半分だけのレディオがある、ここ一帯はレディォの採掘場さいくつじょうなのかもしれない。

 ほかには食べかけのメロン、渡しかけのバトン、収穫りかけのマロンなんかも散乱していた。

 すこしだけ治安が心配になったけど、あの総長たちがうろついてるくらいだから、たいしたとはないと思う。

 そうこうしているとレトロなアーケードの商店街が見えてきた。

 ここを通っていくらしい……。


 生まれてないから知らないけど昭和ような佇まいで、さまざまな個性的な商店が立ちならんでんでいた。

 俺が生まれる前の時代なのにどこか懐かしさを感じる。

 そんな時代のニュアンスをふくんだの映画館があった。

 どんな映画が上映されてるのか、俺は立て掛けてある看板をながめた。


 【『トイレの神様VSトイレの花子さん』と『花子ファントムIPv4』二本立てでござます。】


 おっ、いまどきめずらしい二本立てか? しかも二本目はハードボイルドっぽい!!

 ……ん、ポスターもある。

 PP加工された大きなポスターが映画館入口の左右に観音開きのように貼ってあった。


 【日本9000万人が泣いた感動の映画】


 どんな傑作でも、さすがに九千万は泣かねーよ!!

 日本泣き過ぎだろ、ペース配分間違ってる。

 だいたい九千万人も泣いてんのに……俺初めて知ったわ。

 九千人・・・の間違いじゃねーの? PCに残された遺書なみに不自然だ。


映・画次郎えいがじろう監督 あの便所シリーズ最新作。余命三ヶ月の和式を想う。洋式のひたむきな愛。ラストに待っているのは果たして……


――和式わたし、この国から消えちゃう。――大丈夫。そのときは洋式おれも一緒に消えるから】

  

 『トイレの神様VSトイレの花子さん』と『花子ファントムIPv4』のどこに泣ける要素あんだよ? 一本目なんてVSバーサスしてるんだぞ。


 「このコピーは寮の近くに住んでる小比井雷太こぴいらいたさんが書いたんだよ!!」


 寮長がさっとポスターを指差した。


 「近くにそんな人が住んでるんですか?」


 「うん、この町にはもっと凄い人も住んでるよ。ちなみに映監督もここ出身だしね、みんな日本くにを相手に仕事してるからさ~」


 映監督って誰だよ?


 「いや~この映画は本当に良い映画だった~朝比奈くんももちろん観たでしょ?」


 「いえ、まだ……です」


 「うそっ? そんな日本人がいるんだね?」


 いや、むしろ観た日本人のほうがめずらしいわ。

 寮長が哀しそうな目で俺を見ている、け、軽蔑の目だ。

 こ、これは寮長に恥をかかせるわけにはいかない。


 「あ、あの、ちょっとタイミングが合わなくて。そ、それで、最後どうなるんですか?」


 「えっ、ネタバレ希望?」


 「は、はい。このさいだからラストをドーンとください。ポイント二倍キャンペーンでお願いします」


 俺は絶対に観ないので。


 「最後はね。和式はちゃんと助かるんだよ」


 「どうやってですか?」


 「和式は便座に直接触れなくていいってことで人気爆発して日本から消えることを免れるんだ」


 「へー」


 「映監督だって過去には骨折するほどコケた映画もあったのに。いまじゃ日本を代表する映画監督のひとりだからね」


 だから知らねーし。


 「それがいまの優しいテイストの映画に繋がってるのかもしれないね」


 まあ、結局オチは助かる系か。

 そもそも『トイレの神様VSトイレの花子さん』と『花子ファントムIPv4』のどっちにその要素が入ってんだよ。

 タイトル詐欺か? フェイクタイトルってやつだな。

 いままさに映画を観覧し終わった、一般人ふたりがでてきた。

 なんだか話を弾ませている。


 「花子さんは日本の妖怪なのにファントムって単語を使ってるところがガジロリズムだよな?」


 「きっと俺らガジロリアンへのメッセージと現代へのアンチテーゼなんだよ」


 ガジロリズム? ガジロリアン?

 ああ、映・画次郎えいがじろうの“ガジ”をとったのか。


 「だな~そこに枯渇しかけてるIPアドレスを持ってくるってのもなにかしらのメタファーだよな?」


 「じゃあ朝までカベルネソーヴィニヨンで映画談義だ!!」


 メ、メタファー……? アンチテーゼ……? 意味はわからんが評論家チックだ。


 その映画館から、すこし離れたさきにももう一軒の映画館があった。

 なにやら受付のおばちゃんと揉めてる真っ裸のヤベー男がいた。

 じつはそいつはマッパではなく股間をハンドスピナーで隠しているだけだった。

 ハンドスピナーだからあんまり隠しきれてなくて三割はハミっている。


 つまりそいつは70%男だ、30%はでてるから。

 謎の70%男はハンドスピナーを回転させながら熱く持論を語っている。

 ハンドスピナーが回転する幻影を利用して股間を隠そうとしてるらしい。


 俺は間違っていたかもしれない、あの幻影で完璧に隠しきってるんじゃないか?そうも思えてきた。

 俺の中で謎のゲシュタルト崩壊が起こった。

 そもそもここはエロ専門の映画館で受付のおばちゃんがそいつを注意している。


 「だからあんたまず服を着てきなよ?」


 「バカヤロー。これこそ究極のクールビズだろ!! 国推奨だぞ!?」


 「けどね~」


 「それよりむかしあったというなんとかロマンポルノを観にきたのにブラだけで終わったぞ。分割ロマンポルノってことか?」


 「そんなの映画の中身についてはわたしゃ知らないよ~」


 「なんで一括ロマンポルノにしねーんだよ?」


 「だからわたしゃ知らないって!! じらす・・・美学なんじゃないのかい?」


 「はっ!? タピオカがフルーツじゃなかった以来の衝撃だぞ!!」


 「じゃあたいしたことないね」


 世の中には熱い男がいるもんだな。

 あっ、ハンドスピナーにチョロっと勢いつけた。


 「てめーにゃ。男のロマンがわかんねーんだろうな!!」


 「ごちゃごちゃうるさいね。そんなに裸見たけりゃネットで見ろ!!」


 「あっ、いったな。ネットじゃ早送りも巻戻しも自由自在じゃねーか? ロマンがねーんだよ。過ぎ去った裸に思いを馳せるそれが男のロマンだ」


 「知らないよ。あたしゃ」


 「相当こだわりがあるようだね中村くん」


 腕組みをした寮長がそういった。


 「中村くんって?」


 「彼だよ。朝比奈くんと同じ寮生」


 寮長がハンドスピナーいな、70%男を指さした。


 「お、同じ寮に住んでるんですか?」


 きょ、強敵だ。

 中村という男は受付のおばちゃんとのイザコザで俺と寮長にきづいていない。


 「うん。とくに僕らの住む寮は彼レベルの集まりだからね」


 「キャラのパワーインフレですね?」


 「まあね」


 俺と寮長はその戦いを横目にして足を進めた。

 アーケード内は意外と充実してて個人商店も多い。

 市民憩いの居酒屋『カベルネソーヴィニヨン』。

 ここはさっき映画通の人が入っていった場所だ。

 寮長はほかにもさまざまな店舗があると身振り手振りで案内してくれている。


 「ここは店主が年中腱鞘炎の『焼肉健焼苑けんしょうえん』」


 腱鞘炎か、調理人は手首使うからな。


 「つぎ、ここは『ロックデンタル覇威斜はいしゃ』。この歯医者ってBGMがスラッシュメタルでヘッドバンギングしながらドリるんだよね~」


 ヘ、ヘドバンで……? 免許を剥奪しろ。


 「もっと緩やかな音楽をかけてもらたいですね?」


 「でしょう。先生アンコール前は必ず衣装チェンジで引っ込むから、僕そのときに自分で削ったもん」


 寮長意外と男前だな。


 「そっちのほうが安全な気がしなくもないっすね?」


 「ちなみに歯医者ここの息子が起死人形の総長だから。結局は毒川くんの実家ってこと」


 「えー!! マジっすか?」


 親も親なら子も子だな、謎の化学式の入手ルートはここか? てか名字毒川なら、そのままなら【毒川歯科】ってことになるのか? おっかねー!!

 そして寮長はつぎに歯科医院の斜め向かいを指さしていた。


 「『焼肉健焼苑けんしょうえん』の息子さんが、化爆武惨怒の総長の肉川くん」


 あいつら幼馴染おさななじみかよ。


 「二度驚きました」


 この衝撃はほとんど天誅てんちゅうだぞ

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