第5話 仮想通貨(暗号資産)

 ちゃんなかは結局ダンボールとガムテープで壁を修復して仮止めでほったらかしにしていた。

 まあ、そうだろうな? どうせまた破ってでてくるんだから。

 そして、ちゃんなかはそんなことは忘れたかのように寮の庭に勝手に規制線を貼っている。

 俺の目の前には黄色と黒の警戒色で彩られた【KEEP OUT】がある。


 規制線がグニュンと上に伸びた。

 それはちゃんなかが――現場どうなってる?ふうに入ってきたからだ。

 こんな大げさなことしていったいなにをはじめるんだよ?


 「よし」


 ちゃんなかは両手の指の人差し指と中指と薬指にバレー選手がするやつを巻いてた。

 突き指防止ってことか?


 「賢ちゃん。咲子も入っていい?」


 花咲子も規制線の側まで寄ってきた。


 「咲子まだ待て」


 「うん。咲子待つ」


 「ちょっとばかし、墾田永年私財法こんでんえいねんしざいほうの手続きに手間どってな」


 「賢ちゃん。そんな難しい手続きできるの?」


 「たりめーだろ。これからここでビットコイン掘るんだ。そういう手続きはちゃんとしねーとな」


 「すごーい」


 ビ、ビットコインを寮の庭で掘るだと!?

 ちゃんなかはやっぱり天才的なバカだった。

 やつはビットコインがなんなのかまったくわかってないらしい。


 「賢ちゃん。メルヘット・・・・・かぶらないと危険だよ」


 「あ~ヘルメットね。それなら心配すんな。なんかオーラ的なのだしてガードするから」


 「賢ちゃんそんな技使えるの?」


 「たりめーよ」


 そういった、ちゃんなかはなぜか唸りはじめた。


 「う~ん。寮の庭って意外と広いな。これはデリヘルでも呼ぶか?」


 ちゃんなかのなにげない一言に花咲子は光の速さで反応した。

 まあそうなるわな。


 「賢ちゃんひどい。咲子がいるのに。デリヘルなんて」


 「バ、バカ。デリバリーヘルプだよ。これだけの面積掘るなら人手がいるなと思って」


 なんだよデリバリーヘルプって?


 「なにそれ? 咲子それ知らない」


 「いいか、咲子。よく聞け?」


 「うん。咲子聞く」


 「俺がデリヘルなんてことをいったのはな」


 ちゃんなかは、もったいつける。


 「うん」


 「アメリカの陰謀なんだ」


 「ア、アメリカの?」


 あんまりアメリカの陰謀論を語りすぎると逆に馬鹿だと思われるぞ。

 だがさすがは花咲子、ちゃんなかのことをまるでノーベル賞でもとった人のように見てる。


 「おい涼介」


 うわっ!? 

 名前呼ばれた完全に流れ弾に当たった。


 「な、なんだよ? てか、みんなの寮にKEEP OUTを貼るなよ?」

 

 「バカ。KEEP OUTしねーで。近所のやつにビットコインとられたらどうすんだよ」

 

 「誰もとらねーよ」

 

 「いや、わかんねーよ。だから今回の計画は”中村プレゼンツ”で開催してんだから」

 

 プレゼンツできるほど資金持ってねーだろ。


 「そもそもこの庭にビットコインなんて埋まってねーし」


 「なんでわかるんだよ。マイニング・・・・・してみねーとわからないだろ……。あっ!? あっ!? 涼介さてはあれだなビットコインのことを知ったかぶりしてんな? そうか、そうか、知らねーなら知らないっていえよ!! 俺が教えてやるからよ~」


 ちゃんなかは、俺をさげすむように目を細めた。

 なんてムカつく顔をしてんだ。 


 「じゃあ、ひとつ質問」


 「よかよか。なんでも訊きたまえ」


 「ブロックチェーンってなんだ?」


 「ブロックチェーン? 硬っっっ・・・たいチェーンのことだろ。それがどうした?」

  

 これで判明した、やはりやつは仮想通貨あらため暗号資産のことをなにひとつ理解してねー。


 「いや。やっぱり俺は知ったかぶりしてた。悪い」


 「だろう。だろう。人間にはわからないこともあるってもんさ」



 「おー!! 俺という男はついに掘り当ててしまったかぁ!!!!!!!!」


 俺がちゃんなかのその雄叫びを聞いたのはわりと早かった。

 

 「賢ちゃん。すごーい!!」

 

 まさかよ。

 ちゃんなかの手には「B」という文字が描かれたコインが一枚握られていた。

 あれはこの町にあるアミューズメント施設のコインだ。

 俺がこの町にきた日にITおばちゃんが総長にもらっていたのもあれだ。


 「どうだ。この美しきBという彫刻のコイン」


 ちゃんなかはボクシングのTKOのときのように両手を掲げたあとに俺の元まですり寄ってきてさっきのように目を細め自慢気にコインを見せつけてきた。


 「それが本物だとでも?」


 「ああテレビで見たから知ってる。テレビでもたしかにコインの真ん中にBって書いてあった。そりゃあそうだろうビットコインの頭文字はBなんだから」


 あれはイメージ画像だバカが。

 なぜ仮想のものが現実で掘れたのか疑問に思わないのか? 手に持ってんだぞ。


 「さすがはビットコイン。このシルバーの輝きそしてこの重量感と肌触り。どこからどう見てもビットコイン。けど俺がテレビで見たのは黄金に輝いてたんだけど。あっ、そうかこれ二等のほうか」


 なんの二等賞だよ!?


 「おい。それ偽物だぞ」


 いちおうこれが俺の優しさだ。


 「は、は~ん。涼介さてはそういって俺からビットコインを奪うつもりだろ? なんたって現在の価値は一枚で百八十万円だからな。やらねーよ」


 「いらねーよ」


 「さあコンビって。チーズ・ッカルビでも買おうーっと。ドッカン、ドッカン食ってやるチーズ“ed”くん。チーズよ、俺はおまえを過去形かこにしないから安心しろ」


 チーズタッカルビの発音も区切りもおかしいけど、ちゃんなかはかなり上機嫌だった。

 

 「おっ、おいおい待てよ。コンビニに百七十九万円もお釣りあんのかよ? まあ、ビットコインを使う客を想定しないほうが悪いんだぜ。そこは客商売なんだからさ」


 ふん、偽造通貨で逮捕されろ。

 それただのゲーセンのコインだからな。

 コインの色で気づけよ。


 「咲子。なに食べたい? なんでもいいぞ」


 「咲子ね。レ・バニラ食べたい」


 「咲子。それじゃあなんかシェイクスピア的なかんじだぞ?」


 「え~なんで」


 なんだよその悲劇的なバニラは? レバニラを食べたいってことだろ。

 くそっ!?

 ツッコミがちゃんなかとシンクロしてしまった。

 てか、あの女もちょちょい変なんだよな。

 そしてふたりははしゃぎながらコンビニに出かけていった。


 ……俺はちゃんなかと出会った衝撃的なあの日をまた思い出してしまった、ってその日も俺がこの町にきた日なんだけど。


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