チェンジ•体が•入れ替わり•精神•スワップ•ボディ•交換•スイッチ•ストーリー

蔵入ミキサ

入れ替わりなんてあり得ない!?


 学校からの帰り道。

 男子高校生の定室さだむろ陸人リクトは、幼馴染みである女子高生の海野うみの小夏コナツと並んで歩き、今日もまた何気ない話をしていた。


 「どうしたんだよ、小夏。さっきからタメ息ばかりついて。そんなに明日のテストが心配なのか?」

 「ううん、テストの後のことだよ。体育でマラソンの練習があるの。わたし、走るのが苦手だから、なんだか憂鬱で……」

 「なんだよ、それくらい。何も考えずに走ってればいいんだから、楽なもんじゃねぇか」

 「それくらいって……。男子はいいよね。多少頭が悪くても、運動さえできればそれでオッケーなんだから」

 「むっ、その言い方はないだろ。女子の方こそ、運動ができなくても勉強さえできれば、みんなから褒められるし」

 「そんなことないよっ! 男子の方が絶対楽だもんっ! あーあ、あたしも男子になれたらなぁ」

 「おれは女子になって、楽な人生を歩んでみたいぜ」

 「ふーん。じゃあ陸人、わたしと代わってくれる?」

 「ああ。できるもんなら代わってやるよ」

 「実はね……?」


 と、その時。

 一台の自動車が、ブロロロとエンジン音を上げながら、猛スピードで二人に向かって走ってきた。どうやらブレーキが故障してしまったようで、止まる気配がない。


 「あっ! 危ねぇっ、小夏っ!」

 「え!? きゃああっ!!」


 間一髪。陸人のとっさの判断で、上手く回避することができた。しかし、二人は抱き合うような形で、道路に倒れ込んでしまった。


 「いててて……。ケガはないか? 小夏」

 「うん、わたしは大丈夫だけど……あら?」

 「ん? あれ? 声が……変だな……。これ、本当におれの声か……?」

 「きっと、たんが絡んでるのよ。せき払いをしてみたら?」

 「ごほっ、ごほっ! あ、あー。よし、治った」

 

 陸人の声は少し変だったが、せき払いをするとあっさり治った。


 「でね、さっきの話の続きなんだけど……」

   

 そう言いながら、小夏は自分のカバンをがさごそと漁り、中からペンダントを二つ取り出した。一つはピンク色の宝石が、もう一つは青い宝石がついている。

 

 「じゃーん! おまじないグッズ!」

 「うわぁ、またそんなの買ったのか? どこに売ってたんだ?」

 「商店街の奥の通りにある、『黒魔術堂』っていうオカルトチックな怪しいお店で買ったの。他にも魔法の本とか、不思議なノートとかも売ってたよ」

 「へぇ。それで、そのペンダントはなんなんだ?」

 「店主のおばあさんが言うには、これは『奇跡のペンダント』なんだって。使い方は、男がこのピンク色のペンダント、女がこの青いペンダントを、首にかけるだけ」

 「ふーん……。ピンクの方を首にかけて、と。これでいいのか?」

 「そうそう。それであたしが、この青いペンダントをこうする、と……。はい! これで明日になったら、二人に奇跡が起こるんだって!」

 「でも、こんなもの本当に効果があるのか? 胡散臭いぞ」

 「まあ、いいじゃん。とりあえず、明日までつけといてよ」

 「分かった分かった。明日までな」

  

 二人はペンダントを首から提げると、再び帰り道を並んで歩いた。


 *


 陸人と小夏は、やまあらし公園のそばにある小道を通って、誰もいない神社の前までやってきた。その神社の名は、『転心てんしん神社じんじゃ』。


 「ねぇ、陸人。明日のテストや体育がうまくいくように、神社でお願いしていこうよ」

 「ああ、そうするか」


 二人は寄り道をすることにした。

 あまり長くない石段を登り、大きくて立派な鳥居の下をくぐり抜け、賽銭箱さいせんばこの前まで来た。そして二人は、いつも正月にやっているように二拍手し、目を閉じた。


 「……」

 「……」


 辺りには少し風が吹き、木の葉が舞っている。

 

 「ふぅ……。よし、終わったぞ」

 「ええ、帰りましょう」


 と、その時。小夏は違和感を覚えた。

 何かが、違う。いつもとは。


 「あれ? 陸人、何かおかしくない?」

 「ああ。おれもさっきから、何かおかしいと思ってたんだ……」


 ふと、二人はお互いの顔を見た。

 陸人は小夏の、小夏は陸人の。自分の隣にいる人の、顔を。


 「「ああーっ!!」」


 そこでやっと、違和感の正体に気がついた。

 

 「「お賽銭、入れ忘れてたーっ!」」


 *


 二人でお賽銭を入れ、参拝を済ませた。

 そして今度は、神社のすみにひっそりとたたずむ、お地蔵様の前にやってきた。


 「このお地蔵様、『換心かんしん地蔵じぞう』って言うんだって。江戸時代に、ある泥棒がお地蔵様の頭を撫でると、まるで別人になったかのように心を入れ替え、まじめに働くようになったんだってさ」

 

 小夏は、立て札に書いてあった文字を読み上げると、お地蔵様の頭の上に右手を置いた。


 「おい、いいのかそんなことして。バチがあたるぞ」

 「でも、こうすることで、心を入れ替えて真面目で勤勉きんべんな性格になれるって、書いてあるのよ」

 「ふーん、そうなのか。じゃあ、おれもやってみようかな」

 「ええ、やってみるといいわ」


 小夏が右手を、陸人が左手を。お地蔵様の頭の上に置いた、その時だった。


 ゴロゴロピシャァッ!!!


 「きゃあっ!? な、何っ!?」

 「うわっ! か、かみなりだっ!!」


 快晴の空に、突如とつじょ雷鳴がとどろいた。


 「あー、びっくりした。今の雷、近くに落ちたよね? 絶対」

 「ああ。おれたちに落ちなくてよかったな」


 二人はお互いの無事を確認すると、呑気のんきにアハハと笑いながら、神社を後にした。

 鳥居から出た瞬間、小夏は足をひねってつまづき、それを助けようとした陸人と共に石段を転げ落ちてしまったが、幸い特に二人ともケガはなく、何事もなかったかのように談笑しながら帰宅した。


 *


 その日の夜。

 事件は、陸人の家で起こった。

 

 「もう、お兄ちゃんっ! 冷蔵庫にあったケーキ、勝手に食べたでしょ!? あれ、葉月ハヅキのケーキなのにーっ!」


 陸人の妹である小学三年生の葉月ハヅキが、怒りの声を上げた。ぷんぷんと怒って、陸人をにらみつけている。

 

 「あー、すまんすまん。腹が減ってたから、食っちまったよ」

 「お兄ちゃんのバカーっ! 最低っ! この、この、このーっ!」


 ぽかぽかと、葉月は小さなこぶしで陸人を殴った。しかし、男子高校生である陸人にとって、小学生の葉月の拳は、痛くもかゆくもなかった。


 「はいはい、分かった分かった。また今度、同じケーキを買ってきてやるから。そう怒るなよ」

 「そういう問題じゃないもんっ! お兄ちゃんって、全然、ヒトの気持ちを考えられないよねっ!」

 「なんだと? そこまで言う必要ないだろ。おれは兄上様だぞ」

 「もう、お兄ちゃんの妹なんてやだよーっ!ねぇ、お兄ちゃん。葉月の立場になって、少しは考えてみてよ」

 「へへっ、知るかよ。兄妹の立場は一生変わらねぇんだ。わかったら早く寝ろ」

 「うぅっ……! うわぁーーーーんっ!!」


 葉月は泣きながら、自分の部屋へと行ってしまった。


 *


 夢の中。

 陸人は一面真っ白な空間にいた。

 

 「ここは、どこだ……?」

 

 すると突如、光と共に仙人せんにんふうの老人が現れた。

 

 「お前、定室陸人じゃな?」

 「そうだけど? 誰だよおっさん」

 「わしは、換体かんたい仙人せんにんじゃ。お前の今日一日の行動をずっと見ておった」

 「へー。それで? 何か用か?」

 「お前は、相手を思いやるという気持ちがなさ過ぎる。よって、ばつを与えようと思う」

 「な、なにっ!? い、嫌だっ!」

 「ダメじゃ! 反省をするがいい! くらえっ、仙人ビーム!」

 「うわあぁぁああ!!!」


 仙人は、水虫で足の裏がかゆくなる罰を、陸人に与えた。


 *


 朝が来た。

 陸人は目を覚まし、ベッドの上で体を起こした。


 (あれ? 葉月の部屋……?)


 きょろきょろと、周囲を見回す。

 女の子らしい家具や小物が並んでいて、枕元にはぬいぐるみがある。どうやら、今まで陸人が寝ていたのは、妹の……葉月のベッドらしい。


 (なんで、おれ……こんなところで……?)

 

 まだ眠たい頭のまま、陸人はなんとなく自分の服を見降ろした。

  

 (うわぁっ! ど、どうしておれが、葉月のパジャマなんか着てるんだ!?)


 その時、ベッドの下からわめく声が聞こえてきた。


 「もう、お兄ちゃんったら寝相ねぞうが悪すぎるよーっ! 寝ぼけて勝手に入ってきて、葉月の服まで着ちゃうなんてっ!」

 「あ、なーんだ。寝てる間に勝手に体が動いたのか。……で、葉月はベッドの下で何やってるんだ?」

 「お兄ちゃんが、寝てる間に突き落としたんでしょーっ!? も、もうっ! 出て行ってよーーーっ!」

 「あはは。すまんすまん」


 陸人は服を脱ぎ捨て、逃げるように自分の部屋へと戻った。


 *


 「むにゃ……むにゃ……」


 陸人は二度寝していた。気持ち良さそうにヨダレを垂らして。

  

 「ふわぁーあ。そろそろ起きねぇと……」

 

 今度はちゃんと、自分の部屋の自分のベッドで寝ている。ベッドから降り、陸人は制服に着替えるために、姿見の前に立った。


 「ん? うーん……? なんだ、これ……?」


 服を脱ごうとして自分の体に触れると、そこに違和感があった。

 ぼんやりとした寝ぼけ眼で触っているのは、自分の胸。むにゅんむにゅんと柔らかいその胸は、二つの大きな膨らみを作っていた。


 「えっ? え……え!? こ、これって、まさかっ……!」


 だんだん眠気ねむけがなくなっていく。陸人は青ざめ、そして大声で叫んだ。


 「おれ、太ってるーーーっ!?」


 最近、ケーキなどのお菓子を食べ続けたせいで、陸人は少し太っていた。肥満により、胸や腹に脂肪がついてしまっているのだ。


 *

 

 「はぁ、はぁ……! やべえ、急がないとっ!」


 朝の通学路。

 遅刻しそうになり、陸人はダッシュで学校へと向かっていた。次の曲がり角を曲がると、あとはもう学校まで一直線だ。

 

 「よし、あと少しっ!」


 華麗かれいなコーナリングを決める。その勢いに乗って、スピードを加速させようと思った、その瞬間。

 道路の影から、いきなり女子生徒が飛び出してきたのだ。しかもよく見ると、その女子生徒は……。


 「うわっ、小夏っ!?」

 「り、陸人っ!? きゃああっ!」

  

 ゴツンッ!

 二人は盛大に、激突してしまった。


 「いたたた……。ちゃんと前見て走りなさいよ!」

 「な、なんだよ、いってぇな。お前こそ、ちゃんと注意して……」


 その陸人の言葉をさえぎるように、小夏は言った。正面を指さし、震える声で。


 「あれ? な、なんで……あたしが、目の前にいるの!?」


 自分と全く同じ姿をした存在への言葉。


 「バカ、それはカーブミラーだ。鏡に映ったお前だよ」

 「なーんだ、そうなのね。あーよかった」

 「よし、今日も元気に登校するぞ! 小夏!」

 「うんっ! 行こうっ、陸人!」


 激突をしたにもかかわらず、陸人と小夏にケガがなかったのは、ペンダントによる奇跡のおかげだ。二人は仲良く手をつなぎ、スキップをしながら校門を目指した。

 空では太陽が、少年と少女を明るく照らしている。


 めでたし、めでたし。

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