秘密と暴露と仲直りと

「ハルくん。停学になっちゃったことはお母さん気にしてないから。でも勉強だけはしっかりしようね!」

「はい・・・・・・すみませんでした」

「もう、あやまらないの。詳しい話は聞かないけど、お母さんはいつでもハルくんの味方だからね」

 

 そう言ってお母さんは部屋から出て行った。

 僕の停学理由は担任から聞かされているはずなのに言及してこないのは本当にありがたい。

 思春期の息子にとっては、母親の鏡のような存在だ。アラフォーなのに見た目は20代の不思議生物ではあるけど。


 学校でいじめられていても、風邪で熱がある時でさえも学校を休んだ事のない僕がまさか停学処分になるとは思わなかった。これで無遅刻無欠席の夢は絶たれてしまった。


 何故停学になったかというと、事の顛末はこうだ。

 天原さんにチンチンを見られ、そして盛大にフラれたショックで下半身が丸裸のままなことを忘れて、その場から走って逃げた先が校庭だった。

 校庭では陸上部の女子部員達が練習をしている真っ最中で、僕の粗末な物を見た女子達は次々と悲鳴を挙げて部活顧問に捕まり・・・・・・。


 まぁ、停学一週間は僕にとって丁度いい休みだったのかもしれない。

 色々な事で複雑に傷ついた心の傷を停学期間中にしっかり癒して、またイチから頑張ればいいんだ。よし、頑張ろう。

 とにかく、テストも近い事だし予習と復習ぐらいはしっかりやっておこうと机に向かう。


 しかし、どんなに集中しても不意に思い出されるあの日のプレイバック。下半身裸で泣いて逃げ出す僕・・・・・・

 うわーーーーーー!!! 死にたくなるくらいはずかしいいいいいいいぃぃっ!!


 机に向かっては思い出しベッドの上でゴロゴロ暴れるを繰り返していると時刻はもう6時。夕暮れの光がさらに昨日の事を思い出させてさらに心に深手を負わせる。

 恥ずかしさに悶絶していると突然家のチャイムが鳴った。


「ハルくーん! 学校の友達がいらっしゃったわよー」

 

 誰だろう。というか高校入学してから半年経った今、友達なんて一人もいないんだけど。

 足音は一人。いじめっ子集団ではなさそうだ。


「天原です。八代君、入っていいかな?」


 ドアをノックした後に聞こえてきた声は天原葵だった。


「天原さん! なんで!?」

「急ぎのプリントを持ってきたの。あと、その、話したい事もあって」


 ドアを開けたそこにはいつもの制服姿の天原さんが立っていた。なんとなくだけどいつもに比べて元気の無い顔をしている。


「・・・・・・とりあえず、どうぞ」

「ありがとう」


 座布団が無いので、代わりに敷く物としていつも僕が抱いている少し大きめのクッションを手渡した。

 でもあまりにもクッションなので天原さんは直に床へ座り、クッションを両手で抱きかかえた。ヤベー超可愛い。


「これ、進路調査票。登校日に提出してくださいって先生が」

「わ、わざわざありがとう天原さん」


 プリントを渡してくれた後も昨日の覇気というか真剣さは全く感じられず、どこか落ち込んでいるようだった。


 ただただ沈黙。 

 重い空気の中、ただただ無言である。


 気まずい。昨日振られている僕から何か話すのは正しい事なのだろうか。

 話すって言ったって何を話せば良いんだ?

 黙って俯いている天原さんの旋毛を黙って見つめることしか出来ない。


「・・・・・・なんで」

「へ?」

「なんであんな事まで知ってんのよーーーーー!!! 誰に聞いた!? どうやって調べた!? アンタを殺して私も死んでやるー!!!」

「ちょちょちょちょちょっと待って! 一体なんのこと天原さん!??? 頼むから頭を揺らさないでー!」

「とぼけないで! あんたが書いたこの手紙、どうして知ってるかって聞いてるの!!」


 天原さんはクシャクシャになった紙を鞄の中から取り出して僕に見せ付けた。


 拝啓

 天原葵様


 入学してからずっとあなたの事が好きでした。

 授業中も休み時間も帰りの道も、あなたの姿を見ると必ず目であなたを追ってしまいます。

 学校帰りに男物のロングコートを着て変装したつもりでコスプレショップに行って衣装を買い揃えたり、コミケとかでローアングラーに制裁を加えたりしているところに惚れてしまいました。

 

 ただ、男物のロングコート着ているだけじゃすぐにバレちゃいますよ。それと先日、学校で天原さんが大好きな今期のアニメ『エンジェリック・アサシン』のイヤリングが付けっぱなしでしたよ。気をつけてくださいね・・・・・・以下省略


 放課後、体育館裏で待っています。

 1年E組 同じクラスの 八代翔春


「僕が書いたラブレターだ! 読んでくれたんですね!!」

「あーそりゃあ読みましたとも!! あなたもしかしてストーカー!? どうして私がコスプレ趣味だって知ってるのよ!」

「いやー嬉しいなー、ちゃんと読んでくれて。高校入ってからはいじめられるのに忙しいからから天原さんを見張る事があまり出来ないんですけど、その分、学外では協力者もいるのでちゃんと天原さんのこと見張ってられるんですよ!」

「見張る!? 協力者って誰!?」

「はーい! ハル君のママでーす」

「親子揃ってどうかしてるのかー!!!」


 母さんがナイスタイミングでお菓子とジュースを持ってきてくれた。天原さんの好きな、午後の朝茶レモン味とラッキーゴーという甘塩っぱいスナック菓子だ。

「葵ちゃんは子どもっぽいものが好きだよねー。うさちゃんねこさんくまさんとりさん・・・・・・ベッドで一緒に寝ているのはホワイトタイガーのラル君だったかな?」

「ちょっと!家の中の事までなんで知ってるの!?これって立派な犯罪じゃ・・・・・・」

「あー立証は不可能ですよ天原さん。母さんはもとCIAとFBIとの二重スパイで東洋のマタハリとか呼ばれてましたから、証拠を残すなんてミスしないんです」

 

 午後チャーを飲みながらラッキーゴーをサクサク食べる僕。


「んもうっ! ハル君ったら。KGBを忘れてるゾッ☆」

 天原さんは僕らのやり取りを死んだ魚のような目で見つめている。母さんが本気を出したらアメリカだろうがロシアだろうが中国だろうが全ての情報を見抜けるんだから隠し事は出来ないのだ。僕もエロ本の置き場所には大変苦労している。


「えっとねぇ、葵ちゃん。ママは別に全部をココで言うわけじゃないけどね・・・・・・そのラブレター、なんでそんなにクシャクシャなのかな?」

 すでに魂が口から抜き出ていた天原さんが母さんの言葉にビクンと反応した。

「それは・・・・・・えっと・・・・・・その」

「うんっ! もう大丈夫だね!! じゃあ後はごゆっくりぃ~」


 顔を真っ赤にしながら汗をダラダラと流す天原さんを置き去りにして母さんは部屋から出て行った。

 困ったな。この情報は母さんから教えてもらってないぞ?母さんたまに教えてくれない事あるからなー。


「八代くん、実は今日来たのは、昨日の事を謝りたくて。ごめんなさい。私、プレッシャーとかでイライラしていて・・・・・・ううん、それでも昨日の私の態度であなたを傷つけてしまった事は本当に申し訳ないと思ってます。本当にごめんなさい」

「いえいえ!!僕の方こそ、天原さんに勝手な理想を押し付けていたというか、僕、天原さんの事まだ全然しならいですもんね。だから見たこと無い天原さんに嫉妬しちゃって」

「いや、怖いくらい私の事知ってそうなんだけど・・・・・・とにかく、昨日の事は謝ります。本当にごめんなさい。そして、お手紙、今は気持ちに応えられないけど、あなたの気持ちはとても嬉しいわ。ありがとう」


 僕の目を見て言ってくれた『ありがとう』は今まで天原さんを見てきた中で最高の笑顔だった。

 クラスメイトに見せる笑顔とはまた違う表情に心を動かされる。とにかく僕はこの笑顔をもう一度見れるなら命を捧げたって構わないと思えるほどだった。


 僕はまた彼女に恋をした。

 

 心が興奮すれば体も興奮する。

 主に下半身がたぎっている。

 ただ、今まで味わった事のない熱さ。まるで股間の奥底にマグマが蠢いているような。


「って、チンチンがめっちゃ光ってるんですけどぉ!!!」

「・・・・・・これはっ!!」


 天原さんは失礼、と一呼吸置いてから僕のズボンを下げてチンコに顔面を近づけて確認した。

 先日と似たような状況だぞコレ。


「あああああ天原さん! 近い近い!息当てないで!!!」

 敏感なところに天原さんの吐息が当たり、なんとも言えない感覚が脳天を刺激する。

 うおおおおおおお! 耐えろ、僕!!

「間違いない。鞘に納められていたから分からなかったけど」

「だから、これは鞘じゃなくて皮で」

 僕の言葉を遮って彼女は興奮した顔で僕の股の間から顔を出して、嬉々とした表情で僕と目を合わせた。

「やっと見つけた!!えくすカリバー!!!」


 ずっと探していた宝物をみつけたようなその顔は

 また僕の見たことの無い煌びやかな笑顔だった。

 

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