第十三回 好きな詩人は最果タヒ

一番好きな詩は、ハマったきっかけでもある高村光太郎の「レモン哀歌」

一番好きな詩人は最果タヒ(エッセイも面白いです)


私は詩がすきです。秩序がなくてエゴが強い、それでいて自意識が透けて見えない詩がすきです。このカクヨムにも詩を投稿する人は沢山いますよね。私自身、詩を書きます。

で、詩って難しいなあって。ね、思いません?プロの詩人てすごい。これは自分含め、素人の作品を読んで改めて感じました。

素人の詩を読んではじめに浮かぶ感想は99%

「うるせえよ」

自分の詩もそう。うるせえの。「詩を書く」という行為そのものにすでに自意識がこびりついていて、文体、内容、それに伴う空気・雰囲気がもう匂うこと匂うこと。もうファブしな!ファブ!!


やはり詩って周りに嗜む人や書く人が少ない分、どうしてもそれに良さを見出す自分とか創作に勤しむ自分とかにプライドを持ってしまう。これを取り除かないことには臭くて鼻につく作品しか仕上がらない。

私は詩って、日記を書くみたいに極めて内向的なものだと思っていて、他者の理解を前提としない自分の心をそのまま言葉に落とし込む結果、詩的な表現になるんだと思う。詩の中に物語を紡ぐ場合もあるけど、それは感情表現の方法としてその物語が必要なのかなって。だから、詩人は自分の内面を見つめて見つめてそこに合う言葉をなんとか探し出す、という作業をしているのかなと思っている。

よって「詩を書いています」ではなく「自身の内面を追っていたら詩なような仕上がりになっていました」が私の理想。

そうは言っても難しいのが現実ですが。いつかこのサイトで「うるせえよ」と思わない詩に出会いたい。

ふと自分の詩を読むとうるせえし臭えしで見れたもんじゃない。作品ごと消そうかと思ったけど、こんな臭い詩でも応援してくれた方がいて消せませんでした。本当にありがたいことだと思う。私が「うるせえよ」で切り捨てるものを応援してくれる人がいるというのは不思議でありがたい。ありがとうございます。


最後に。今日は詩について語っていますが、こんなのはただのバカな学生の言うことなのでどうか怒らないでください。私に良さがわからないだけかもしれませんし、芸術は計れるものではありませんから。お目汚し失礼しました。おやすみなさい。

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