第七話「事件の真相」

 この街は昼間の賑わいと裏腹に夜になると人手も少なく灯りも乏しい。

 早朝からの市場に合わせ、日が落ちるに連れ人々の活動も収まっていく。

 商いが集う街で生きる者の、それが日常だった。


 街と街をつなぐ街道は多々あれど、荷物を運ぶ馬車が通れる個所はそう多くない。

 今回仕組まれた内容通りギルドが狙われるとすると、襲われる場所は必然的に限られてくる。

 更に死者復活の噂をチラつかせる事が出来る場所はひとつ。


「アリスたんー!本当にこの道で合ってるー?」


 アリスはソフィアの馬に乗り黒猫の指定した場所へ急ぐ。

 ソフィアの前にちょこんと座らせられたアリスは、少々鼻息が荒い後ろの騎士の事は考えないようにしていた。

 時々、後頭部や首筋に感じる唇の感触も……そう……たぶん……気のせい……と。


「この街道で間違いありません、ですが今夜ここを通るのは“ノゥシングボート”です。想像以上に移動速度が速い!」


「そりゃあ元軍属だからねー、退役者とはいえ統率とれてるよー。だからこそ今回の事件一番怪しいと踏んでたんだけどねー……それにしてもアリスたん、よく次に事件が起こる場所分かったねー」


 アリスはその問いに答えず、懐に収まっていた黒猫が加えていた紙を取り出して状況を確認する。


「襲われた被害者はいずれも、“イースタンウェーブ”、“サザンマーメイド”に所属しています。ここでノゥシングボートから被害者が出れば、それぞれが疑心暗鬼に陥り、削り合いが始まります!」


「ギルドの勢いを削ぐ為にー……ってことねー、更に死者の復活という“噂話”を起こし教会騎士団に調査させれば各ギルドへの牽制は強まるーと、アリスたん名推理ー!しかし舐められたもんだねー私たちもー、どうしてくれよっかなー」


「今はノゥシングボートの安全確保が最優先です、被害が出てからでは遅い、ノゥシングボートから他のギルドに報復が発生すれば取り返しがつきません」


「だけどー、アリスたんを乗せてこれ以上のスピードは……」


「行ってください、私は“根本”を抑えます」


 綿毛が舞うかの如く軽やかに馬を飛び降りたアリスに、その感触が名残惜しいとソフィアが泣き叫ぶ。


「アリスたーん!一人で無茶しちゃダメだからねー、神様に簡単に喧嘩売っちゃダメだよー!」


 ソフィアを乗せた馬は、木々をかいくぐり岩々を飛び越え疾風のごとく走り去っていった。


「神様に喧嘩……今更ですね、タロ様」


 アリスの懐に隠れていた黒猫は、ようやく解放されたと伸びをする。


『まったくだ』


 少女と黒猫は同じ方向を見つめる。


「タロ様、大丈夫ですか?」


『何がだ?』


「先ほどまで私のうら若き柔肌に密着され、久しく失っていた男の野生が目覚めていたり・・・」


 アリスは体を奪われまいと身じろぐ仕草で黒猫と距離を取る。


『元気が無くなったお父さんか俺は!』


「静かに!」


 アリスは主人のツッコミにかぶせた形で耳を澄ませる。

 街道のすぐ傍とはいえ、夜になれば辺りは暗く周りの木々が視界より一層悪くしている。


「います……3、いや4人、すでに補足されています」


 息を殺し、様子をうかがっていた者はすぐそこまでの距離に近づくと、逆に存在を誇示するかのような振る舞いでアリスたちに迫る。


「おやおや、こんな時間に女の子が独り歩きなど……死者に食われたりしたら大変ですよ?」


 屈強な大男の中に混じって、周りのせいで尚一層やせ細って見える白髪交じりの男が顔に笑みを浮かべ近づいてくる。


「ご心配なく、私なら大丈夫です、それより神父様こそこんなところで何を?」


「調査ですよぉ調査。教会でもお話ししたじゃないですかぁ」


 教会での印象とはあきらかに違う、どこか演技がかった物言いをする神父がそこにはいた。


「それにしては物騒な方々をお連れですのね……他の皆様はいらっしゃらない様ですが……」


「他の?何を言ってるんです?」


 神父は分かりやすくとぼけて見せる


「あなたはこの街で商いを行うギルドの勢力によって、教会の立場が弱体することを恐れ、ギルド同士の抗争に見せかけて勢力の削り合いを謀った、違いますか?」


「いやいや何を根拠にそんなお話をするのです占い師の方、あまりに無礼な内容ですと教会としても黙認出来かねますぞ?」


 目の前の男はアリスが知る“神父”ではなくなっていた。

それを理解していたかの様にアリスは事件についての真相を語る。


「その“教会”ならではの権威……とでも言いましょうか。大小さまざまな国や集落を治める教会が商人ギルドにその地位を奪われたとあってはあなたの責任は免れない」


「だーかーらー、何を根拠にそんな世迷言を言うか!」


 神父は教会では事件に心を痛める善良な神の使徒だった、先ほどは少女に見つかり警戒するがあまりキャラが崩壊する神の使徒、そして今はあっさり図星を突かれ怒りで本性を表す神の使徒がいた。


 本性なのか、焦りの末なのか、神父が怒りに身を任せアリスに詰め寄ろうとしたその時。


ガサガサ


 別の茂みより数人の男たちが姿を現す。

 神父はなお一層慌てだし、男たちに怒鳴りだす。


「なぜここに!?目的はどうした?」


 男たちは乱れた息を整わせ神父に説明する。


「ギルドの女がひとりこちらへ逃げた!そいつを始末しないと顔を見られてる!」


「何をバカな?ギルドの女なぞここには……」


 困惑する男たちとはまた別の方向より、ゆっくりとまた一人姿を表した。


「あはー、アリスちゃんの言った通りだったよー?私一人だけ上手く追いかけてきてくれたー」


「あ!こいつです!この女がギルドの……」


「バカな!この女は教会騎士の犬だ!」


 アリスと黒猫は一様にうなづく。


「犬ですね……」


『犬だな……』



 時は僅かにさかのぼって。 


 アリスと別れたソフィアは進行するノゥシングボートの一団に何とか追いつくことが出来た。

 そして混乱するギルドに事情を伝え、半ば強引に教会騎士団の権力を使い一芝居打った。

 ギルドの制服を身に着けたソフィアはギルドの先頭を走り、わざと神父の手下に見つかり逃げる……振りをしてアリスと合流したのであった。


「あははーばれちゃったねー神父ー。どうするー大人しく捕まるー?」


「くっ……私は教会の権威と威信を守ろうとしただけだ!卑しい商人などが大きな顔をして歩く事が許されてたまるか!お前も教会の人間ならわかるだろう!」


「えーそんなの分かんないよー?だってー、そんな権威とか威信とかって私らにはあんたみたいに必死にならなくても付いてくるしねー」


 ソフィアはあっけらかん笑顔で答える。その笑い方も言い方も全てが神父の癇に障る。


「こ、殺せ、たかが女子供、ここで殺せば誰も真実は知られない、今からでもギルドを襲えばよいだけの話だ!」


 神父の護衛をしていた大男3人、ソフィアを追いかけてきた7人の男たちが二人を取り囲む。


「ひとつ、あの見習の青年はこの件を……?」


 アリスは今回の噂について、神を心から信じていたからこそ強く否定していた青年を思い出していた。


「ああ、彼は知らないよ。あのバカ正直者には、このような謀は無理だ。神の名を汚すとか何とか、本気で噂に腹を立てていたわ」


「そうですか……今はちょっとだけあの方の方に好意が持てそうです」


 迫って来る男どもに対し、アリスを守るようにソフィアが前に出る。


「へへへ、神父さん……本当に殺しちゃうだけでいいんですか?」


 いやらしい笑いを浮かべた男たちは生贄の扱いを確認する。


「構わん、女の体に開いている穴という穴に突き刺してやれ!」


 神父の本性を確認したソフィアはわざとらしく体をくねらせ怯えて見せる。


「きゃわーん、そんなことされちゃいーやーだーよー……だ、か、ら……」


 そこからの動きは恐らく誰にも捉えられていなかった、その場にいた全員が状況を確認できたのは大男の一人からおびただしい数の傷とそこから吹き出す血が見えてからである。

 ソフィアは無邪気な顔で状況が呑み込めていない男たちに笑いかける。


「……男の体に穴という穴を開けて突き刺してあげるぅ」


 袖の下に隠し持っていたダガーで舞う様に男たちをなぎ倒す、男たちはかわす事はもちろん反撃も逃走も出来ぬまま次々と倒れていく。

 どの男にも複数の刺し傷が丁寧につけられており、その箇所は恐ろしく正確に同じ場所へ刻まれていた。

 風が吹くかの如く、舞いを舞うかの如く、だがその美しさに魅入られた瞬間、男たちは間際の絶望を叫び絶命していく。


「う、うわああああ!」


 敵わないと悟った大男の一人が狙いをアリスに定める、あわよくば人質にと掴みかかった瞬間、まるで淡雪をつかみ損ねる様に大男の腕は空気を掴んだ。

 アリスの体はスルりと太い腕をすり抜け、トンっと大男が飛び出した勢いをそのままソフィアの方へ向かわせる。


「あは、アリスたん、ナイスー!」


 アリスを掴み損ねた大男は勢いを殺しきれず、ソフィアのダガーが大男の下腹部へ突き立てられ、更に回転を加え断末魔の叫びをあげた。


「ねぇ、これが欲しかったんでしょう?気持ちいぃ?」


 ソフィアは突き立てた武器で大男の命が尽きていく感触を楽しんでいた。

 そして最後の男が事切れ全ての暴漢が切り刻まれた後には、腰を抜かし震える神父だけが残っていた。


「や、やめ……やめてくれ……命だけは……」


どの悪党も数の有利さが無くなると、同じようなセリフで命乞いを行う。

だがそれが成功した例は少ない、まして今回は相手が教会騎士団であれば尚更。


「えーもちろん殺したりなんかしないよー?でもさー首だけでも繋がっていれば事の顛末は神様へ報告出来るよねー……あとは切り落としてしまおうっか?」


「ひ、ひぃぃぃぃ!!」


 獣の様に四つん這いになりながら逃げだす神父にソフィアはうっすら笑みを浮かべる。


「ギャーーーーーーー!!!!!!」


 神父の悲鳴が夜空にこだます。

 ソフィアの投げたダガーは神父のアキレス健を切断し、それはこれ以上の逃亡が不可能な事を示していた。


「ふふふー、ケガは無い?アリスたん?」


 あれだけの戦闘後、息も乱していない女騎士は確認するかの様にアリスの体をまさぐる。


「だ、大丈夫です……」


 ソフィアは戦いの興奮をアリスで沈めるかのごとく、明らかにケガなどしていない箇所まで触りだす。


「あの……ちょっと……って、どこ触ってるんですか!」


 先程とは別の魔の手からようやく逃れたアリスは、すでに戦闘とは別の興奮が高まるソフィアと距離を取る。


 夜の森は静けさを取り戻し、周囲には断末魔の残響と血の匂いだけが残った。

 屈強なギルドを襲うために揃えた神父の戦力は、たった一人の華奢な女騎士によって見るも無残な躯と化している。


「主犯以外は皆殺しですか……」


予想もしていなかった女騎士の戦闘力、そして垣間見える狂気の顔にアリスは真意を確認する。


「んー?アリスちゃんもいたから手加減できなかったんだようー?それにさー」


「それに?」


「教会騎士団は、神様の秩序を犯す輩にー、慈悲なんて持たないよ?」

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