第六話「三つのギルドと疑惑の目」

 アリスは教会で散々おもちゃにされた後、神父の紹介で各ギルドへの調査に向かったソフィアと別れ街の中を歩いていた。

 「一緒に行く!」とごねるソフィアを神父と見習の青年、アリスでなだめるのには時間がかかり、“後日のデート”を条件に別行動を取ることになった。


「はあ……疲れました、何なのでしょうあの人懐っこいワンコのような女性は……あぁ、もうこのまま、あの金髪ワンコが解決したりしないですかね……タロ様?」


 全身からにじみ出る疲労感を隠せず歩くアリスに黒猫が近づく。


『アリス、宿に戻るぞ』


「タロ様、教会ではずっと静かでしたが何か気になる事でも?」


 アリスは目線のみを黒猫に落とし、主人の心中を察する。


「あのミルクじゃ足りなかったですか?」


『そこじゃねぇ!』


 黒猫はその長い尻尾を振り、ひとつ、ふたつ、みっつと宙を指す


『アリス……宿屋の主人と客から情報を集めるのだ。

一つは今回被害が出た場所、二つ目は被害者の素性、最後は被害が出た日の三つだ』


 それを聞くとアリスは何も聞かず宿屋に向かった。

 宿屋の主人や他の宿泊客からは占いが好評であったため、すんなりと情報を聞き出すことができた。

 街の情報について教会より信憑性は低いが、その分膨大な量の情報が集まる。

 宝石は目まぐるしい数の石ころの中にこそ眠るものだ。


「タロ様、ご指示通りの情報を集めてまいりました」


 アリスは宿屋主人から聞き出した情報をもとに、スラスラと紙にまとめる。

 黒猫はそれを何度も読み返し、改めてアリスへ街の地図と事件が派生した暦を書き加えさせた。

 一通りの思慮の後、インクで足を湿らせ、ある個所を指し示す。


『アリス、明晩だ』



 市場街に集まるギルドは大小様々だが、その中で力の大きなギルドは3つ

 主に漁業を取り仕切るギルドである。



 北進海運は元海軍の退役者がギルド長を務めている、同じくギルド員も軍出身が多く気性が荒いが、信に厚く商いの世界でも成功を収めている。


 東方波社は様々な商いを行っている商人ギルドの一つで本拠地を遠い地にもつ、若いが優秀な若者がこの地に派遣され任されているという。


 南風の人魚は元々織物の商いを行っていたが、娘の代になり漁業に手を広げた新興ギルド。野心家で好戦的な女性がギルド長を務める。


 ちなみにもうひとつ昔ながらの大きなギルドがあったというが現在は存在していない。



 毛色の異なるこれらのギルドは商いの面で言えば“戦争中”と言えなくもない。

実際に一つの大きかったギルド、それも元々この地に昔から根付いていたギルドはもうこの世に存在しない。


 神の名の元、教会に漁業権を管理されているとはいえ、こと販売規模や方法にいたっては自由である。

自由ということは、争いがおこる。


「それがさー、話聞いて回ったけどー」


 夜が明けて朝一番に朝食を誘ってきた金髪の女騎士は。相も変わらない調子で昨日の調査報告を行った。


「どこのギルドも他の所には一物あるよって感じなんだけどさー、いまいち動機に欠けるんだよねー」


 早朝からド迷惑そうな顔でお断りするところを、この街で一番高い朝食をごちそうする!という言葉に渋々付き合っていたアリスが口を開く。


「動機に欠ける……とは?」


「仲が悪いのは大なり小なりどこのギルドでもあるよー、でもさーこんなコソコソ問題起こしても誰も得しないんだよー」


「大なり小なりあるのでしたら、それこそ殺傷事件など山ほど起こるのでは?」


 ギルド間の争いはこの街の様な商人ギルドに限らず、冒険者や鍛冶屋など、どの街にもあるギルドでよく聞く話である。


「そんな時はさー、必ず教会に報告がくるんだよー。ギルドも基本的には教会が管理しているからねー。そうしないと教会から罰せられちゃうよー?」


 そこまで言うとソフィアは何かを思い出し自慢げに続けた。


「だから昔からここにあった西のなんとかってギルドはあたしらが潰しちゃったんだしー……って、これ言っていいんだったっけ?」


 自分の頭を見つめ何やら考え込むソフィアに、かるく溜息をつきながらアリスは自らの考えを伝える。


「これは、あくまで私の考えですが……被害者が出た時間と場所には一定の法則があります」


「いってーのほーそくー?」


 アリスは昨晩黒猫が指し示した場所を元に話を進める。


「はい、実際に被害があった場所、それと死者を見たという噂の場所がまったく同じなのです」


 ソフィアは目を丸くして聞き返す。


「んー?それはそうでしょう?だから噂になってるんだしー。あー、アリスたん私がバカだって思ってるでしょー」


 思ってるよクソ金髪ビッチが、という言葉を心の闇の底へ放り投げる。


「そうです、だから“合い過ぎている”のです。改めて聞きますが死者の復活、騎士様は信じておいでですか?」


「んーにわかに信じがたいなー、まあ、私も多少は魔物討伐なら行ったことあるけど……死んだ人がってのはなー、でもどうして?」


「順番が逆なのです。死者が蘇ったから被害者が出たのではなく、被害者が出たから死者復活の話が出てきた」


 アリスが説明に夢中になっている隙にソフィアはいつの間にか隣の席に、というより肌が触れてしまう距離まで近づいてきていた。


「んー?いいよいいよ続けてークンカクンカ」


 食べ終わった朝食のフォークで、アリスの匂いを嗅ぐワンコ鼻に威嚇しつつアリスは話を続ける。


「コホン……要するに、被害者が出たことに対して、荒唐無稽な理由を取ってつけた者がおります。ギルドの仕業であれば必ず教会へ報告がある。それを行わないで死者の復活というオカルトを持ち出し教会に対してギルドに疑いの目を向けさせた者が」


「それじゃあさー、どこのギルドも怪しくなってきちゃうんだけどー、実際そんな危ない橋を渡る意味がないんじゃないかなー」


「ギルドならば……ですね。もしも他に、この街でギルドに力を付けてもらいたくない所があるとしたら……?」


 アリスの推理に対しソフィアの目に瞬間、騎士の“それ”が宿る。


「アリスたんそれ本気で言ってるー?私だって伊達に三本の稲妻は背負ってないんだよー?」


 だがアリスは騎士の目に気負うことはなかった。


「確かに、このままではいわゆる机上の空論です」


「じゃあ、確かめる方法があるんだねー?」


 アリスは紙に指し示された猫の足跡を指さす。


「あは、猫ちゃんのイタズラかなー、でもデートの場所は決まっちゃったねー。さてさてー死者が出るかギルドがでるか……それともー……」


 ソフィアは「少し調べてみりゅー」と、今晩の待ち合わせ場所と時間を指定しアリスと別れた。

去り際のキスはかわされ不服そうな顔をしながらも、最後の最後まで笑顔は絶えず、するどい眼光も消えていた。


『これで種まきも終わったか』


「ええ、ソフィア様は今夜各ギルドがどんな動き方をするかお調べになるでしょう。タロ様が指し示す場所に近い所を通るギルドが今夜の被害者です」


「可哀そうにな……っておい、助けないのか?」


 これまでの話の流れを台無しにする様なアリスの言葉に黒猫は目を丸くするが、それをとてもイタズラな目でアリスは見返しこう言った。


「人助けに興味がおありで?」


 黒猫も自嘲気味に答える。


『人助け自体に興味はない。』


 しばらくの沈黙の後、アリスは満足そうに笑い黒猫も自分の発言に苦笑した。

あの頃の、少女と黒猫が今とは異なった存在だった時代。

 大きな争いに身を委ねようとする際に交わした言葉を思い出していた。


“人間は救うに値するものかどうか”


 という話を。

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